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都市国家

文明形成期に出現する最初の国家の形態。ギリシア・ローマで特に発展し、中世封建社会で姿を変えて再び登場する。

 城壁に囲まれた中心都市が周辺に農地をもち、一個の独立した政治権力を形成している小国家を都市国家という。世界史上、都市は文明段階に成立し、地域的国家統合の時期には国家としての機能の多くを失ったが、ギリシアでは市民の共和政による都市国家(ポリス)を発達させ、さらに都市国家ローマはその都市国家としての機能を維持しながら世界帝国へと拡大したという性格もっている例もある。しかしアジア・ヨーロッパでも専制君主の支配する世界帝国のもとでは、都市国家は消滅した。しかし、中世封建社会の後半になると、商業の復活、経済力が高まりを背景に都市が復興し、しばしば王権から自治権を認められて、自治都市を形成した。近代以降は国民国家が形成されるとともに都市国家の形態は消滅したが、都市の自治の精神を継承している例も多い。

古代文明圏の都市国家

 国家形成の大まかな段階として、都市国家段階 → 領域国家(王朝国家)段階 → 世界帝国の形成、という経過をたどっている。都市国家段階は文明の形成期でもあり、国家の祭祀用として青銅器が発達し、また王権の統治に必要な記録のために文字の使用が始まる。
オリエント文明圏 メソポタミア文明シュメール人ウルクなどが最も初期的な都市国家である。シュメール人は青銅器・楔形文字・法典の整備など、典型的な都市文明を形成した。一方のナイル川流域のエジプトではノモスという集落が形成されたが、メソポタミアと異なり典型的な都市国家には至らず、早い時期に古王国に統合された。
インダス文明圏 インダス文明でのモヘンジョ=ダロハラッパーにも都市文明の形成が見られる。前1500年頃にアーリヤ人人がパンジャーブ地方に侵入し、さらに前6世紀頃、彼らの農耕社会は成熟し、生産力が向上して商工業が起こり、貨幣が普及した。そのようななかでインダス川流域からガンジス川流域にかけて、多くの都市国家が生まれた。前4世紀末にマウリヤ朝が統一するまで、十六大国と言われる諸国に分裂しておりその中の有力なものがガンジス中流のコーサラ国、下流にかけてのマガダ国であった。ブッダの出たシャカ族の国は部族共和政的な小国であったらしい。
中国文明圏 中国文明では黄河中流域の農耕地帯に形成された農耕集落が次第に統合され、城郭を持つ都市国家であるが形成され、さらに紀元前1500年ぐらいから黄河中流域の小都市国家を統合して、殷王朝の成立が成立した。殷は都市文明を背景としており、都市国家の連合政権である邑制国家とされているが、次の周王朝もそのその性格が強かった。殷・周(西周)の時代は、青銅器が使用され、城壁を持った都市が出現し、文字として甲骨文字がうまれるという、「文明」の指標がそろった時代である。

都市国家から領域国家へ

 西アジアのアッカド王国・バビロン王朝、中国の王朝、インドのマガダ国などは都市国家を統合した領域国家として形成されたが、なお都市国家の連合政権的な性格が強い。その後各地で国家統合はすすみ、西アジアではアッシリア、中国では秦王朝、インドではマウリヤ朝に至って世界帝国の段階に達する。この段階では鉄器が国家統合に大きな役割をはたし、また貨幣も普及する。

ギリシア・ローマの都市国家

 西アジア、中国、インドでは都市国家→領域国家→世界帝国というように国家の形態が移行したが、ギリシアではポリスといわれた都市国家が継続して発達し、その中で市民によるアテネ民主政が発展し、独自の都市文明が繁栄した。ギリシア世界はアレクサンドロスの帝国、ついでローマ帝国という世界帝国に組み込まれる。一つの都市国家として出発したローマは、ローマ共和政のもとでイタリア半島統一後も都市国家としての機能を維持し、ローマ帝国となってからも元首政の段階には形式的には都市共和政の伝統が存続したが、3世紀以降は専制君主政となって都市国家としての性格は消滅した。

中世ヨーロッパの都市国家

 中世ヨーロッパでは北イタリアやドイツに王権から独立した自治都市が形成され、それらを都市国家ということもあるが、普通は都市共和国(イタリアではコムーネ)と言って古代の都市国家とは区別する。