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メディア王国

イラン高原西部のイラン人の一派が建国し、メディア人が前612年、アッシリア帝国を滅ぼす。4国分立時代にイラン高原を支配したが、約60年の短命に終わり、前549年にアケメネス朝ペルシア帝国に滅ぼされた。

 メディア人はインド=ヨーロッパ語族イラン系民族の人々で、イラン高原の西北部からカスピ海の西に進出した。彼らは歴史記録に登場した最初のイラン人であり、前9世紀以降、イラン高原に軍事侵攻を繰り返したアッシリアの記録に現れる。ヘロドトスの『歴史』によれば、メディア人は6つの部族に分かれ、その一つに「マゴイ」があり、それは祭司階級を意味する「マギ」から関係があると思われる。イラン高原東北部の遊牧地帯から興ったゾロアスター教が次第に東漸してくるとメディア人の伝統的祭儀に固執したマギはそれに抵抗しながら、ザグロス山脈の東側に定住したメディア人とペルシア人は北のアッシリアや南のバビロンなどの古代都市文化と接触して多くのことを学んだ。

アッシリア帝国を滅ぼす

 メディア人はカスピ海沿岸に移住し、前8世紀末に建国した。都はエクバタナ(現在のハマダーン)におき、イラン高原ペルセス地方のペルシア人を支配下に入れた。さらに前612年、新バビロニア王国(カルデア人)と協力してニネヴェを陥れ、アッシリア帝国を滅ぼした。それ以後は「4国分立時代」の一角を占め、イラン高原を中心に西はアルメニア、東はペルシア、さらに中央アジア方面まで支配した。

メディア王国の滅亡

 メディア王国は約60年間栄え、おそらくこの時期にメディア人の支配が中央アジアに及んだことによって、その地方で遊牧生活を送っていた東方イラン系のなかに伝えられたゾロアスター教がイラン高原全域に知られる契機となった。また、ペルシア高原南西部にいてメディア王国の支配下にたペルシア人にもゾロアスター教が広がり、次第に自立していった。
 前549年、メディア王の婿のアケメネス家のキュロス2世が率いたペルシア人が反乱を起こし、メディア人を倒して最初のペルシア人の国家、アケメネス朝ペルシアを建国した。メディア人はペルシア帝国に同化し、重要な役割を担っていた。<M=ボイス/山本由美子訳『ゾロアスター教』2010 講談社学術文庫 p.107-108>
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ノートの参照
1章1節 カ.古代オリエントの統一