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新バビロニア王国/カルデア王国

カルデア人がバビロンを都に前625年に建国し、アッシリア帝国を滅ぼし、メソポタミアを支配して4国分立の一角を担った。ネブカドネザル王は前586年、イェルサレムのユダ王国を滅ぼし、ユダヤ人をバビロンに連行(バビロン捕囚)した。前538年、アケメネス朝ペルシアに滅ぼされた。

4国対立時代地図
前6世紀 4国対立時代のオリエント
 セム系遊牧民カルディア人が前625年、メソポタミアに新バビロニア王国を建国し、イラン高原のメディアと連合してアッシリア帝国を前612年に滅ぼした。新バビロニアはバビロンを都にし、カルディア王国、あるいはバビロン第11王朝とも言われる。アッシリア帝国滅亡後の4国分立時代リディア王国(小アジア)、メディア王国(イラン高原)、エジプト末期王朝(第26王朝など)の中では最も栄えた。

ネブカドネザル王

 前6世紀前半のネブカドネザル2世の時期に、エジプトの勢力を排除してパレスチナに進出、イェルサレムを占領してユダ王国を滅ぼした。パレスチナ遠征は、前593年と前586年の二度おこなわれ、二度にわたってユダヤ人をバビロンに連行した。これが、ユダヤ人の苦難の歴史として旧約聖書伝えられた、バビロン捕囚である。

バビロンの復興

 バビロンは、バビロニア(古バビロニア、第一王朝)の時代の都として栄えていたが、アッシリア帝国滅亡時に破壊された。ネブカドネザル王はその復興に力を注ぎ、バビロンの城門に壮麗なイシュタル門などを建造した。(現在は当初の半分の大きさで復元されている、青い釉薬で飾られた門)を建造し、マルドゥク神殿やジッグラト(聖塔)を建設した。またバビロンには「空中庭園」があったという。この新バビロニアはネブカドネザル王の死後、内紛によって急速に衰え、イランから興ったアケメネス朝ペルシアキュロス2世によって、前538年に滅ぼされた。キュロス2世はバビロンに捕らえられていたユダヤ人を解放した。
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ノートの参照
1章1節 カ.古代オリエントの統一