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後漢の滅亡

220年、最後の皇帝献帝が曹丕に位を譲った。

後漢の衰退が進み、社会的な不安が広がると、太平道と五斗米道という民間宗教団体の活動を生み出し、黄巾の乱が勃発した。乱は鎮圧されたが、もはや漢王室には統制力は失われ、長安は董卓という軍人の率いる集団に選挙され、献帝は長安を脱出した。各地には成長してきた豪族を糾合した軍事政権が生まれたが、その中の有力な三人がそれぞれ独立した政権を作り上げ、後漢の王室は有名無実化した。その有力な三人が、魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備である。220年、後漢の献帝は禅譲という形式で曹操の子の曹丕(魏の文帝)に帝位を譲って退位し、ここに漢王朝は消滅した。
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第3章1節 イ.分裂の時代