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燕京

戦国時代の燕の都、遼の副都、金の首都を経て元の大都となる。現在の北京。

 えんけい。現在の北京。古くは薊(けい)といわれ、戦国時代のが都城を築いて以来、華北の要地となった。936年にこの地を含む燕雲十六州が契丹(遼)に割譲され、北方民族の支配を受けることとなった。その後は副都として南京とよび、1153年からはの首都となり中都と言われた。中国全土を支配したはこの地を都として大都と称し、新しい都城を建設し、国際都市として繁栄した。が成立すると都ははじめ南京に置かれたので、この地は北平と言われるようになり、都ではなくなったが、この地を拠点としていた永楽帝が即位すると1421年、首都に返り咲いた。このときから北京と称され、王宮として紫禁城が建設された。1644年、北京に入ったは、一貫してこの地を都とした。清を宗主国と仰ぐ朝鮮が、北京に派遣した使節を燕行使というのは、燕京の名に由来する。辛亥革命後は軍閥政権がこの地の支配権をめぐって争ったが、北伐後の中華民国および、1949年に成立した中華人民共和国はいずれもこの地を首都として現在に至っている。
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ノートの参照
第6章2節 イ.北方の諸勢力