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コンスタンツ公会議

15世紀のローマ=カトリック教会の公会議。教会の大分裂を終わらせ、フスなどを異端と断定。

1414年から1418年まで、ドイツ皇帝(神聖ローマ皇帝、兼ハンガリー王・ボヘミア王)ジギスムントの提唱で開催された公会議で、大分裂の解消、教会の合同の問題と、改革派に対する対応が話し合われた。まず大分裂の解消では、順次3教皇が退位し、1417年マルティヌス5世が唯一の教皇となり、教会の統一に成功した。また教皇権よりも公会議の決定が優先することも決められた。教義問題では、ボヘミアのフスを異端として有罪とし、火刑に処した。また聖書の英語訳を行ったイギリスのウィクリフも異端であると断定され、すでに死んでいたウィクリフの遺体を掘り出し、改めて火刑にした。 
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第6章3節 カ.教皇権の衰退