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ユリウス2世

16世紀初め、ルネサンス期のローマ教皇。サン=ピエトロ聖堂の修築に着手し、ルネサンス美術を保護した。

 ルネサンス期を代表するローマ教皇。在位1503~1513年。教皇に選出されると、前教皇アレクサンドル6世の庶子で教皇領で大きな勢力となっていたチェーザレ=ボルジアを捕らえて失脚させた。その後、教皇に敵対的であったヴェネツィア共和国を討つため1508年にフランス王ルイ12世、スペイン王フェルナンド5世、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世とカンブレー同盟をむすぶなど、政略家ぶりを発揮した。イタリア戦争の一環で、フランス王ルイ12世が北イタリアで勢力を強めると、一転してスペイン、ヴェネティア、スイスと「神聖同盟」を結成、フランス軍と戦い(1512年ラヴェンナの戦い)、その勢力を排除することに成功した。

ルネサンスの保護

 このように、政略的・好戦的な教皇として知られる一方、その名のとおり古代ローマの英雄ユリウス=カエサルを理想として古典古代の美術品を収集、多くの美術家を援助してヴァチカン宮殿を豪華に飾り立てたことでも知られる。その結果、ルネサンスの中心はフィレンツェからローマに移り、その保護を求めて多くの美術家がローマに移住した。
 1506年からサン=ピエトロ大聖堂の改修を開始し、ブラマンテに設計を担当させた。またミケランジェロにシスティナ礼拝堂(ヴァチカン宮殿内の礼拝所)の天井画の製作を発注した。ユリウス2世がラファエロに描かせたヴァチカン宮殿「謁見の間」の大壁画「アテネの学堂」には、古典古代に活躍した哲学者を芸術家が一堂の会した場面を描き、ルネサンスの象徴的作品となった。サンピエトロ大聖堂の修築は次のレオ10世に引き継がれた。
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8章2節 イ.ルネサンスの本質