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流刑地植民地

1787年以来、オーストラリアはイギリスの流刑植民地となる。

イギリスは1717年以来、アメリカを流刑地としていたが、アメリカが独立した後の流刑植民地として当初は南アフリカを選んだ。しかし南アフリカは移送された囚人の多くが病死するなど適応が困難であったので、オーストラリアが新たな流刑植民地とされた。こうして1787年5月13日、ポーツマス港から初代ニューサウスウェールズ総督フィリップら250名と、囚人750人が初めてオーストラリア大陸に送られた。イギリスはその後1823年、「流刑植民地」という呼称をやめ、ニューサウスウェールズに一定の自治を認めたが、流刑は1840年まで続いた。<遠藤雅子『オーストラリア物語』平凡社新書 2000>
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第14章2節 イ.太平洋地域の分割化