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ラホール

現在はパキスタンに属するパンジャブ地方の都市。一時、ムガル帝国の都となった。近代ではシク王国が生まれ、イギリスとの戦争の拠点となった。1929年、インドの国民会議派大会が開催された。

 インド史のなかでの重要都市の一つで、パンジャーブ地方の中心都市。現在はパキスタンに属している。北インドからアフガニスタン方面に向かう際の交通の要衝であり、現在もパキスタンでカラチと並ぶ大都市である。そのため、中央アジアやアフガニスタンからインドに侵入したガズナ朝ゴール朝などの勢力によってたびたび支配されている。アフガニスタンから北インドに入ったムガル帝国もこの地を治め、アクバルも一時ここに都を置いている。その他、現在もムガル朝時代の建造物が多い。
 18世紀からはパンジャーブ地方に勢力を持つシク教教団の拠点とされた。1849年、シク王国はイギリスとのシク戦争に敗れた結果、この地はイギリス領に編入された。

国民会議派ラホール大会

 1929年末、インド国民会議派の大会がラホールで開催され、ネルーが議長となって、運動方針として「完全独立」(プールナ=スワラージ)を目標とすることを定め、イギリスとの円卓会議への不参加、翌年の1月26日を「独立の日」として「独立の誓い」を行った。これはインド独立運動の重要なステップとなった。
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ノートの参照
第15章3節 エ.インドでの民族運動の展開