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北アイルランド紛争

1960年代から活発となった北アイルランドのカトリック系住民の分離独立運動。1998年に和平が成立したが問題は継続している。

 アイルランド島の北部、アルスター地方を北アイルランドという。1922年にアイルランド自由国がイギリスから独立したとき、プロテスタント(国教徒)の多い北アイルランドはそれに加わらず、イギリス(連合王国)に残った。そこで、現在のイギリスの正式国号は、 もともとは北アイルランドにはカトリック教徒が多かったが、スコットランドから大量のプロテスタントが移民してきたため、カトリック教徒は少数派になってしまい(北アイルランド人口160万のうち、3分の2がプロテスタント、残り3分の1がカトリック)、抑圧されるようになった。

プロテスタントとカトリックの対立

 多数派のプロテスタント側は、カトリックの多いアイルランドと合併されると少数派に転化してしまうので合併に反対し、イギリスとの連合の維持を主張したのでユニオニストともいう。少数派のカトリック側は、イギリスからの分離とアイルランドへの合併を主張しているのでナショナリストと言われている。

IRAの武力闘争

 1960年代末から両派の対立が深刻になってきて、1969年にカトリック系住民の「アイルランド共和国軍(IRA)」が武装闘争を展開し始めた。彼らの主張は武力による北アイルランドのアイルランド共和国への併合であり、イギリスの直接統治に対しては徹底した抵抗を行うとし、70~80年代に激しいテロ活動を展開した。

難航する和平

 この時期には、イギリスのEC加盟など、ヨーロッパ統合が進展しているが、北アイルランドの運動は、統合に反対する分離独立運動の一つと見ることもできる。戦闘の長期化に和平の動きが出始め、1998年4月にイギリスのブレア政権との北アイルランド和平合意が成立したが、IRAの武装解除をめぐって暗礁に乗り上げている。2003年にIRAは武装解除を宣言したが、北アイルランドの自治はまだ実現していない。 → アイルランド問題 アイルランド問題(20世紀)
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ノートの参照
第17章1節 イ.先進経済地域の統合化