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ヨーロッパ連合/EU

1993年、マーストリヒト条約の発効により成立した、ヨーロッパ諸国の連合体。第二次世界大戦後に始まったヨーロッパ統合の到達点であり、次の国家統合の段階を目指しEU憲法を制定したが、批准されなかったため憲法に代わる基本条約として2007年にリスボン条約に調印、2009年末に発効した。しかし、加盟国間の格差の問題、移民の流入など多くの問題をかかえ、2016年にイギリスが国民投票の結果離脱を決定、2020年に離脱し、新たな段階を迎えている。加盟国は現在27ヵ国。

 第二次世界大戦後のヨーロッパの統合の動きは、1957年、ベネルクス3国、西ドイツ、フランス、イタリア6ヵ国のローマ条約によるヨーロッパ経済共同体(EEC)発足で具体化し、1967年にヨーロッパ共同体(EC)に発展、1973年にイギリスの加盟とともにアイルランド、デンマークを加えて拡大ECとなり、81年にギリシア、86年にスペイン、ポルトガルが加盟して、12ヵ国となった。

マーストリヒト条約 EUの発足


EU旗
★はEU発足時の12ヵ国を表している。

 この12ヵ国は1993年11月1日に発効したマーストリヒト条約によってヨーロッパ連合(EU)を結成、ここにヨーロッパ統合の歩みは一つの段階を越えることになった。その前提は1989年の冷戦終結、1990年のソ連消滅という激変をに加え、東西ドイツの統一したことに象徴されるヨーロッパの政治的、イデオロギー的分断の消滅であった。新生ヨーロッパ連合(EU)は地域的経済統合の留まらず、冷戦終結後の国際政治の一つの極として、将来の政治的統合を目指して各国の主権を移譲した地域的国際機関へと歩み始めた。EUは独自の欧州議会、理事会、委員会など主要機関を設置し、ベルギーのブリュッセルにそれらの機関を置き、活動を開始した。
 1995年にはフィンランドスウェーデンオーストリアが加盟し15ヵ国体制となった。さらに2002年には統一通貨ユーロの流通も始まった。しかしユーロについてはイギリス、スウェーデンはその導入を見おくった。
EU拡大がもたらした問題 2004年にはEUの東方拡大が進展、旧東欧圏の諸国が加盟し、25ヵ国体制となった。このEUの拡大は、さらに政治的統合を強めようとする推進派と、巨大化、国家化によって従来の国民国家の主権が失われるのではないかという懐疑派との違いを生み出すことになった。さらに、加盟国間の格差、移民の増大などによる加盟国内の格差が拡大する傾向もあった。こうしてEUの舵取りが難しくなったことを象徴するのが、EU憲法制定の問題であった。また旧東欧諸国のEU加盟が続いたことは、ロシアを警戒させることとなり、新たな東西の緊張も始まった。

EU憲法の否定とリスボン条約の成立

 2004年10月、ローマで「欧州憲法制定条約」が加盟国25ヵ国首脳によって調印され、ヨーロッパ連合(EU)の憲法である欧州憲法(EU憲法)が作られたが、2005年にオランダ、フランスが国民投票で批准を拒否するなど、批准されず発効しなかった。それは、ヨーロッパの統合の必要を認めながら、統合が一つの国家同様の強大な権力を持つことには否定する動きであった。
 EU憲法条約が批准されなかったことを受け、EU統合を進める各国首脳は新たな枠組みを作ることを迫られ、「憲法」といった国家指向の用語を使わず、実質的な統合の機能を高めるために検討を続け、2007年にリスボン条約の調印に漕ぎ着け、それが憲法の役割をもつ基本条約とされ、2009年末に全加盟国の批准を終えて施行された。それによってEUは経済面での統合だけでなく、一定の政治的な統合体としてヨーロッパ共通の課題にあたる機関として、従来の欧州議会、欧州委員会に加え、EU大統領(通称)と共通の外交改題にあたる窓口としてEU外務・安全保障上級代表が置かれることとなった。
 それでも2007年にはルーマニア、ブルガリア、2013年にはクロアティアが加盟、東ヨーロッパへの拡大が進んだ。西ヨーロッパ圏で加盟していないのは、スイスノルウェーである。これによって加盟国は2013年で28ヵ国となった。
イギリスの離脱 この間、EUの理念とその効用については認めるものの、国家化、巨大化、強大化に対する疑問や懐疑が加盟国内でくすぶっていた。特に歴史的にヨーロッパ統合から距離を置いていたイギリスで懐疑派の勢力が増大し、2016年の国民投票で離脱がわずかながら上まわったことで、EUは大きな衝撃を受けた。イギリスはその後も離脱推進派が政権を握り、2019年に正式にイギリスが離脱を決定し、2020年に離脱した。そのため、EU加盟国は2020年現在で27ヵ国となった。

2020 EU加盟国(彩色部分の27ヵ国)

EU加盟国

年次別加盟国の一覧

・1957年


・1973年


・1981~86年


・1995年


・2004年


・2007年


・2013年


欧州議会

 ヨーロッパ連合(EU)には現在、次のような機構がある。
欧州議会 欧州議会 European Parliament は1979年に始まる、現在のヨーロッパ連合の最高議決機関。各国の人口を基本に、加盟25ヵ国で直接選挙された732人(2006年現在)が議員を務める。本会議場はフランスのストラスブール、委員会審議はブリュッセルで行われている。議会は欧州委員会と理事会が定めた予算案を修正、拒否する権限と欧州委員長の人事を承認したり総辞職させたりすることができる。また、欧州議会は閣僚理事会と欧州委員会に対して協議決定する権限を持ち、議員は直接選挙で選出される。欧州議会には国を超えた横断的な政治会派として、欧州人民党(キリスト教民主勢力)、欧州社会党(社会民主党系)、欧州自由民主党(リベラル派)、緑の党(環境に取り組む)などがある。政党ごとの比例代表制で当選が決まる。<脇阪紀行『大欧州の時代』2006 岩波新書 p.33->
EU大統領 2007年のリスボン条約で新設されたポストで、正式には欧州理事会常任議長。欧州理事会はEU首脳会議ともいわれ、加盟国の元首、首相が参加する。その代表は理事会で選出され、任期2年半、2期までとされている。実質的にEUを代表するポストなのでEU大統領、欧州大統領などと言われている。

その他のEUの機構

  • 欧州理事会は各国首脳で構成する首脳会議を最高議決機関とし、その議事は半年ごとに交替で持ち回りとなっている議長国首脳がつとめる。その下に通商、農業、環境など政策分野ごとの閣僚理事会、加盟国大使がつくる常駐代表委員会がある。欧州理事会事務局長は共通外交安保政策を担当するEUの顔となる。
  • 欧州委員会はEUの内閣に当たるもので専従のスタッフ(EU職員)をもち、閣僚理事会に提案権を持つ。欧州委員長が委員会を統括する。
  • その他 フランクフルトにある欧州中央銀行(ECB)、ルクセンブルクにある欧州司法裁判所、欧州環境庁、欧州人種偏見・外国人排斥監視センター、ネットワークと情報安全庁などがある。

Episode 世界最大の通訳・翻訳者集団

 EUの欧州委員会には、正規雇用の通訳500人のほか、フリーランスの通訳約2700人と契約している(05年現在)。1日平均で約50の会合をこなすために、約700人の通訳が働いているという。翻訳担当も重要な政策文書を20の公用語に訳すために約2000人が働いている。EU諸機関全体では通訳は950人、翻訳者は3000人に達する、国連を上回る「世界最大の通訳・翻訳者集団」である。それはEUの掲げる各国言語の尊重主義のためだ。人口わずか50万のマルタ語もEUでは公用語と扱われている。共通語としての英語の影響力はEUにも及んでいるが、英語圏の国だけが有利になることのないよう、首脳会議の発言や記者会見は必ず自国語を使うという。<脇阪紀行『大欧州の時代』2006 岩波新書 p.17-20>
 ここに挙げる数字は2006年のもの。現在は相当変化しているものと思われる。

EU憲法を巡る紛糾

 ヨーロッパ統合を強化する主張が、ブリュッセルの理事会で次第に強くなっていった。その作業は急速に進められ、2004年10月に「欧州憲法制定条約」としてEU憲法が調印された。ところが、その頃加盟国内では、EUが強力な単独国家となっていくことを自国の主権が脅かされることになると危惧する懐疑派が台頭していた。またEUの東方拡大によって経済的に貧しい国を抱え込むことが自国の富を奪われるのではないかと警戒する人々も増えていた。さらにEUの拡大や権限の強化を推進する「EU官僚」が加盟国の一般庶民の心情から次第に離れていった面もあったようだ。それらがEU憲法条約の批准を進める中で明確になったのが、2005年5月のフランスと、6月のオランダの国民投票で立て続けに批准が拒否されたことであった。
 EU憲法条約は加盟国全部の批准を必要としていたので、この二国の拒否によって施行することは出来なくなった。統合強化をめざす各国首脳は、EU憲法条約に代わる新条約の締結の準備に入り、2007年にドイツを中心に新条約の内容で合意し、2007年12月13日にリスボン条約として調印された。今度は翌2009年中の全加盟国の批准が行われ、2009年12月1日に発効した。
 ローマ条約マーストリヒト条約についでEUの基本的な条約としてリスボン条約が発効したことにより、現在のEUの骨格が完成した。リスボン条約は「欧州連合の基本条約を修正する条約」あるいは「改革条約」といわれるもので、憲法制定条約ではないが、「欧州連合の機能に関する条約」として実質的な憲法の役割を果たすこととなった。その内容は、2004年憲法案がEUの統合を強化する面が強かったので、その面を弱め、国家を連想させる「憲法」という用語を用いず、加盟国の主権を十分に尊重した上で、連合としての機能を高めようとする工夫がなされた。 → 内容についてはリスボン条約の項を参照。
ユーロ危機 リスボン条約が発効する直前の2009年10月、EU原加盟国の一つであるギリシアの財政危機が発覚した。ギリシア政府が巨額の財政赤字を隠蔽していたことが発覚して財政破綻の危機にあることが判明、同様の不安がポルトガルやスペインでも起こり、それがEU全体の経済の破綻をもたらすのではないか、というユーロ危機が2011年にかけて、一気に広まった。EU当局と国際通貨基金(IMF)は危機を回避するためギリシアの財政支援に乗り出すと共に厳しい緊縮財政(公務員の削減や年金のカットなど)を求めた。それは国民生活に犠牲を強いることになるのでギリシア国内の反発が起こり、同時にドイツやフランスなどの豊かな国の国民のなかにギリシアのツケを払わされることに不満の声も起こった。2015年にはギリシアに反緊縮を訴える左派政権が誕生したが、EUは厳しい交渉を重ねて緊縮財政を受け入れさせた。このユーロ危機はEUの経済統合に大きな課題を残した。

イギリスの離脱 ブレグジット

 2016年6月23日、イギリスで行われたEUを離脱の可否を問う国民投票は、離脱を支持する票がわずかに反対票を上まわりイギリスのEU離脱(ブレグジット)が決まるという衝撃的な結果となった。残留を予想していた保守党キャメロン首相は辞任した。その後保守党政権が離脱に伴う協議をEU側と続けたが難航し、メイ首相、ジョンソン首相と交代が続いた。議会選挙でも離脱派が優位を占め、ついに2020年2月1日、正式に離脱した。2020年末までは従来どおりとする移行措置が取られ、その間に特にイギリス=EU間の自由貿易協定(FTA)・漁業権などで詰めの協議が行われ、それも難航したが年末に合意が成立、「合意なき離脱」の混乱は避けられることとなった。しかし、この歴史的評価はまだ定まっておらず、また今後どのように展開するかも予断を許さない。
 現時点(2020年12月末)時点で、イギリスの離脱(ブリグジット)でEUはどのように変化が予定されている点をまとめておこう。
  • イギリスはEUの発足以来の初めての離脱国である。イギリスはEC時代の1973年に加盟してから、47年間ののヨーロッパの統合への参加の幕を閉じた。イギリス離脱でEU加盟国は27ヵ国となり、人口は約6600万人が減少して約4億4600万人となる。
  • 欧州議会のイギリス分73議席は将来、新たな加盟国やこれまで配分の少なかった国に割り当てられる。
  • EUとイギリスの人の移動は移行期間は従来どおり自由であるが、離脱後は出入国手続きが必要となる。またEU出身者で現在イギリスで就労している人は引き続き居住できる。
  • 貿易協定(2020年12月24日に合意)では移行期間後も、関税ゼロを基本とする自由貿易協定(FTA)を維持する。しかし、離脱後は通関手続きは必要となる。
  • イギリスは離脱に伴いEU規則や欧州司法裁判所の所管からはずれる、などなど。
 イギリスもEU諸国も、2020年にはコロナ禍で経済が大きなダメージを与えられた。このような厳しい情勢の中での離脱となったが、イギリス・EU双方にとっても良い方向に向かっていくのかどうか、注目される。 → EU MAG(EUマガジン)駐日欧州連合代表部のウェブマガジンを参照。
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脇阪紀行
『大欧州の時代』
2006 岩波新書