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貴族(ギリシア)

古代ギリシアのポリス社会における貴族。アテネでは前8世紀ごろに王政に代わり貴族政を樹立。次第に平民との対立を深め、前6世紀には力を失った。

 古代ギリシアの代表的なポリスであるアテネにおいては、ポリスの市民には4等級があり、アルコンや上級の役職に選出される第1級と、騎兵としてポリスの防衛に参加し、国制に発言権を持つ第2級の騎士級にあたる人びとが貴族とされた。かれらが当初のアテネで寡頭支配を行いったのが貴族政の時代である。その下の第3級、第4級にあたる人びとは平民とされた。 → ローマの貴族(パトリキ) 貴族(中国その他)
 前8世紀ごろにはアテネの貴族は初期の王政にかわって政治の実権を握り、貴族からアルコン(執政官)が選出され、貴族身分のものが終身議員となるアレイパゴス会議が元老院としての役割を果たすようになった。

平民の台頭と貴族の後退

 しかし、前7世紀ごろから貨幣経済が進展して平民が経済力を強め、貴族の騎兵に代わって平民の重装歩兵がポリス防衛の主体となったことから平民の発言力が強まり、政治参加の要求する平民と、既得権を守ろうとする帰属との争いが激しくなった。貴族は危機感を持ち、前632年には貴族であるキュロンが僭主として権力を集中しようとしたが、平民たちが立ち上がったため失敗した。
 その後、アテネで行われた前621年のドラコンの立法、前594年のソロンの改革はいずれも平民の立場を強めることとなり、前6世紀後半ペイシストラトス僭主政をへて、クレイステネスの時に民主政が成立、貴族の政権独占は完全に崩れた。
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ノートの参照
1章2節 エ.市民と奴隷