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枢軸時代

ヤスパースが提唱した世界史の転換期の一つ。紀元前500年頃からギリシアの哲学者たち、インドのシャカ、イランのゾロアスター、ユダヤ思想、中国の諸子百家などが一斉に登場して、人類が神話時代から脱し、人間として自己を自覚し、人間存在を意識するようになった「歴史の軸となる転換」が生じた、と論じ枢軸時代と名付けた。

人類の世界観の転換期

 ドイツの実存主義哲学者ヤスパースが、1949年に発表した『歴史の起源と目標』の中で提唱した概念。ヤスパースは、ナチス時代のドイツ、第二次世界大戦を体験して、世界史の再構成の必要を痛感し、思索を重ねた。その帰結として発表した同書において、地域的な文明圏を越えて、ほぼ同時期に人間が神話的な認識から人間自身を認識するという大きな転換があったと考え、その時期を「枢軸時代」と名づけた。「枢軸」という言葉にはファシズムの「枢軸国」のイメージがつきまとうが、ヤスパースが言っているのはまったくそれとは無関係で、「世界史の転換の軸」という意味である。

枢軸時代とは

(引用)この世界史の軸は、はっきりいって紀元前500年頃、800年から200年の間に発生した精神的過程にあると思われる。そこに最も深い歴史の切れ目がある。我々が今日に至るまで、そのような人間として生きてきたところのその人間が発生したのである。その時代が要するに<枢軸時代>と呼ばれるべきものである。<ヤスパース/重田英世訳『歴史の起源と目標』1949 ヤスパース選集 9 1964年刊 理想社 P.22>
 ヤスパースが、「この時代には、驚くべき事件が集中的に起こった。」としてあげているのは次のことである。(表現は訳文による)

神話時代から人間の時代へ

 ヤスパースは中国文明圏、インド文明圏、地中海文明圏の三つの世界で、ほぼ同時に始まった、宗教・思想の動きの意味を次のように述べている。
(引用)この時代に始まった新しい出来事と言えば、これら三つの世界全部において、人間が全体としての存在と、人間自身ならびに人間の限界を意識したということである。人間は世界の恐ろしさと自己の無力さを経験する。人間は根本的な問いを発する。彼は深淵を前にして解脱と救済への念願に駆られる。自己の限界を自覚的に把握すると同時に、人間は自己の最高目標を定める。人間は自己の存在の深い根底と瞭々たる超存において無制約性を経験する。<同上 P.23>
 ヤスパースはこの人間の自覚が始まる以前の時代を、神話時代として捉えている。また、世界史の軸として彼は「人間は四たび、新しい基礎から出発した。」として、
  1. 先史時代=プロメテウスの時代からの出発(言語、道具、火の 使用)。これによって初めて人間が生じた。
  2. 古代高度文明の創始からの出発。
  3. 枢軸時代からの出発。精神的に真の人間になった。(今日まで 通用するわれわれ人間存在の精神的基礎をすえた時代)
  4. 科学的-技術的時代からの出発。その渦中を目下自分で経験している。
と言っている。しかし、それに続けてヤスパースは「これに対応する世界史の根本問題」は何か、と問う。
  1. 先史時代の如何なる歩みが、人間存在に決定的に影響したか
  2. いかにして紀元前5000年来最初の高度文化が発生したか
  3. 枢軸時代の本質は何か、どうして発生したか
  4. 科学と技術の発生をいかに解すべきか、どうして発生したか

人類史の二回の呼吸

 それにたいして、ヤスパースが「より有意義な図式」として次のように提唱する。
(引用)人類史は、いわば二回の呼吸を行うのである。第一の呼吸はプロメテウスの時代から、古代高度文化をへて、枢軸時代とそれ以後にまで及ぶ。第二の呼吸は、科学的ー技術的時代、すなはち新たなプロメテウスの時代をもって始まり、古代高度文化の組織化と計画化にも比すべき事態をへて、我々には依然としてはるか認めがたいが、真の人間が生成する新たな第二の枢軸時代へ向かうのである。<同上 P.62>
 ヤスパースは枢軸時代を人類史の「第一の呼吸」ととらえ、現代を第二の枢軸時代、「第二の呼吸」へと向かっている時代として捉えたのだった。しかし、ヤスパースは、「この二つの呼吸の本質的相違」があるとして、
  • 我々が第二の呼吸の時代にありながら、第一の呼吸の時代を知りうること
  • 第一の呼吸はいわば多数分散して平行的に行われたが、第二の呼吸は人類全体としての呼吸である
としている。ヤスパースは第二次世界大戦は、不幸にして人類史が真の世界史となったことを意味している、と捉えている。<同上 P.62>
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書籍案内

『歴史の起源と目標』
ヤスパース選集 9
1964年 理想社