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枢軸国

第二次世界大戦で連合国と戦ったドイツ・イタリア・日本とその同盟諸国。

 第二次世界大戦でのドイツイタリア日本日独伊三国同盟を中心とした諸国を枢軸国 Axis powers といい、連合国と戦った。枢軸とは、車の軸のことで、中心にある力という意味。1936年10月に成立したナチス=ドイツとファシズム=イタリアの協力関係を、ムッソリーニが「ベルリン=ローマ枢軸」と呼んだところから、そこから発展したファシズム国家の協力体制を枢軸国というようになった。同年、日本とドイツは日独防共協定を締結、翌37年にはイタリアが加わり三国防共協定が成立し、三国枢軸体制ができあがった。第二次世界大戦開始後の1940年、三国は事協力体制を強化するために軍事攻守同盟である日独伊三国同盟を結成した。これによって枢軸国対連合国という二陣営の対立が決定的となった。

日独伊三国以外の枢軸国

 第二次世界大戦で枢軸国に加わり、敗戦国となった国には次の国である。
  • ハンガリー 第一次世界大戦後のハンガリー革命を鎮圧してハンガリー王国の実質的国家元首として独裁体制をしいていたホルティは、ドイツがポーランド侵攻を開始するとナチスドイツに接近し、1940年11月、枢軸国に加盟した。1944年、戦況不利と見たホルティは単独講和を試みたがヒトラーに阻止され失敗、ホルティは失脚亡命した。
  • ルーマニア ルーマニア王国の国王カロル2世は第2次世界大戦が始まると中立策を採ったが、軍部を中心に鉄衛団というファシストが台頭、その指導者アントネスク将軍が国王を退位させて首相となり実権を握った。アントネスクはヒトラーの対独戦に協力、最前線で戦わされて多くの犠牲を出した。ソ連軍の反抗が開始されてルーマニアに侵攻すると国王がアントネスクを罷免してソ連と単独講和し、ドイツに参戦した。しかし1945年中に左派政権が成立し、47年国王が退位して社会主義国となった。
  • ブルガリア ブルガリア王国では1935年以来国王ボリス3世による独裁政治が行われ共産党に対する弾圧が続いていた。第2次世界大戦が始まるとボリス3世は当初は中立を掲げたが、41年に三国同盟に加盟し、ドイツ軍を国内に引き入れ、ユダヤ人逮捕などを開始した。それに対して労働者党(共産党が改称)を中心としたパルチザン闘争が開始され、ドイツ軍とも戦った。44年9月ソ連はブルガリアに宣戦布告して侵攻を開始、それに呼応したパルチザンが9月9日首都ソフィアを制圧、国王は退位し、46年に社会主義政権が成立する。
  • フィンランド 1939年、ソ連はフィンランドに侵攻してソ連=フィンランド戦争が始まり、40年に講和し、やむなく領土を割譲した。ドイツのヒトラーが独ソ不可侵条約を破棄して対ソ戦を開始すると、フィンランドはドイツに協力してソ連に宣戦布告、41年6月から「継続戦争」として再開された。そのためフィンランドは枢軸側に加わる形となり、敗戦国となった。戦後はソ連との関係に苦慮しながら中立政策を貫き、55年に国際連合に加盟した。
  • タイは、ピブン政権が太平洋戦争開始と同時に日本軍の侵攻を受けたが、ビルマを目指す日本軍の通過を認める代わりに独立を維持することを認められ、親日の立場に立った。イギリス・アメリカに対して宣戦布告をしたため枢軸国に加えられることになった。

Episode 蘇った?枢軸

 アメリカ合衆国のG.W.ブッシュ大統領は、2002年1月の一般教書演説で、イラク・イラン・北朝鮮の三国を「悪の枢軸」と呼んで非難した。「枢軸」という古めかしい言葉が使われたことで世界は凍りついた。彼はこの三国は自由と民主主義の敵であり、かつてのドイツ・イタリア・日本のファシズム三国枢軸と同じであるという認識を示したのであった。それに対してイラク・イラン・北朝鮮の指導者はブッシュこそが悪魔だ、独裁者だと応酬し、世界の不安を増幅している。もっともキューバのカストロは、キューバとベネズエラ、ボリビア(いずれも反米政権)を「善の枢軸」と呼んだという。<スラヴォイ=ジジェク『人権と国家』2006 集英社文庫 p.31>