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東ローマ帝国

395年の分裂以降、コンスタンティノープルを都としたローマ帝国の後継国家。

テオドシウス帝の長子アルカディウスから始まる。都はコンスタンティノープル。ゲルマン民族の侵攻を受けたが彼らはさらに西方に移動したため、東ローマは領土を維持することが出来た。コンスタンティノープルの旧名ビザンティオンから、ビザンツ帝国と言われるようになる。6世紀にはユスティニアヌス大帝の時代となり国力を高めて西地中海方面に進出、ゲルマン諸国を次々と破ってかつてのローマ帝国の支配領域を回復する。東方のパルティアササン朝ペルシアとの抗争は長期化し、7世紀にはアラビアに起こったイスラームの攻勢により、次第に領土を縮小させていくが、ギリシア正教会の宗教的な支配のもと、独自のビザンツ文化を維持し、1453年まで、1000年以上存続する。 → 詳細はビザンツ帝国を参照してください。
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第1章3節 カ.西ローマ帝国の滅亡