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正統

正しい教義として公認された教説及びその一派。異端に対して言う。キリスト教では325年のニケーア公会議で三位一体説のアタナシウス派が正統とされ、教皇を頂点としたローマ=カトリック教会の権威が形成された。

 キリスト教が、313年にコンスタンティヌス帝の出したミラノ勅令によって、ローマ帝国で公認されてから、教義の統一が必要とされると、いくつかに分かれて対立していた司教たちを一本化する必要が出てきた。そのため、コンスタンティヌス帝は325年にニケーア公会議を招集し、皇帝の前で両派に議論を命じ、その上でアタナシウス派三位一体説を正しい教であると決定した。それに対して公認されなかった教義は異端とされたが、正統が正統であり続けるには、常に異端を創り出さなければならなかったという傾向がある。
 この正統教義のことをオーソドクス(orthdox)という。その後も、特にイエス=キリストを人間そのもの認めるのかどうかが争点として、たびたび教義の対立が生じ、ローマ教皇は、アウグスティヌスらの教父スコラ哲学などを援用した神学によって補強し、強化していった。三位一体説に対する異説に対しては、ローマ教皇が主催した公会議で異端として排除し、その結論はけして過っていないという前提が徹底された。

三位一体説

 カトリック・プロテスタント・ビザンツ教会の区別なく、現在まで正統として継承されているキリスト教の根本的理念が三位一体説である。ローマ教皇を頂点としたカトリック教会においても、聖像禁止令をきっかけに分離したギリシア正教会においても、宗教改革によってカトリックと分離したプロテスタント教会においても、共通している原理は三位一体説である。逆に言えば、キリスト教徒とは、イエスを単独で信仰するのではなく、「父と子と精霊」がそれぞれ異なった形で現れるが一体であるという三位一体説を信じる人のことを言う。
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ノートの参照
第1章3節 ク.迫害から国教化へ