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騎士/エクイテス

古代ローマ共和制時代の新興富裕層をエクイテスといい、その訳語に騎士をあてる。

共和政ローマで前3世紀末ごろからあらわれた富裕市民層を、元老院議員などの地位を独占していた貴族(パトリキ)と区別して騎士(エクイテス)といった。「騎士」といっても騎馬の兵士という軍事的な本来の意味は無くなっており、また中世の騎士とも意味が違うので注意を要する。
 もとは豊かな市民で騎兵として戦争に参加できる人々を騎士(エクイテス)と言っていたが、第2回ポエニ戦争頃から属州の徴税請負人などになって富裕となった市民が特に騎士といわれるようになった。元老院に基盤を持つ世襲の貴族(パトリキ)、及び前4世紀ごろから平民出身で元老院議員となった新貴族(ノビレス)とは異なり、いわば新興勢力であり、徴税請負人など様々な請負事業で富を蓄え、貴族身分には禁じられていた高利貸しや海外取引などでさらに力を付け、政治的には改革派である平民派を支援した人々である。彼らの台頭は、元老院に拠点を置き既得権を守ろうとする貴族たちの支持を受けた閥族派との対立をもたらし、「内乱の一世紀」の争乱となった。この時期にカエサル、ポンペイウスと第1回三頭政治の一角を担ったクラッススは騎士階級の出身で、軍人として活躍しただけでなく大土地を所有する富豪でもあった。
 ローマ帝国の時代には、世襲の元老院議員である名門の貴族たちが第一階級であったのに対して、騎士は第二階級を形成したが、彼らが官僚や軍人として皇帝政治を支える存在であり、形骸化した元老院身分に対して、実質的な支配階級となっていた。騎士階級の出身で軍人として活躍し、ネロ帝が悪政のために元老院や軍隊から見放されて自殺した後、軍の支持を受けて皇帝となったのがウェスパシアヌスである。
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第1章3節 イ.地中海征服とその影響