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インドの言語

インドは歴史的にも、現在においても多くの言語が共存した。ムガル帝国ではペルシア語、イギリス植民地時代には英語が公用語とされたが、現在ではヒンディー語が広く用いられるようになった。しかし現在でも州ごとに公用語が異なり、18言語が用いられている。

 インドは10億1400万人の人口を有する大国である。25の州は「言語州」といって言語の違いで分けられており、州の境目を超えると言葉も代わることになる。公用語は18(1992年現在)もあり、紙幣には10を超える文字で金額が記されている。その言語系統は、インドの北半分ではヒンディー語やベンガル語などインド=ヨーロッパ語族(英語をはじめとする現在のヨーロッパの言語と起源は同じ)に属し、南インドにはタミル語(日本語との類似性があり注目されている)などのドラヴィダ語族に属している。その他に、チベット国境やビルマ国境地方ではシナ=チベット語族、東インドの一部にはオーストロ=アジア語族(カンボジア語と共通)の言語が見られる。このうち最も広く用いられているのがヒンディー語でその話者人口は中国語、英語に次いで世界第3位に位置する。インド憲法ではヒンディー語を「国語」と規定しているが、南インドなどでは反発が強い。イギリスの植民地時代に使われた英語が依然として共用の言語として通用しているという皮肉な現状となっている。なお、インドと分離して独立したパキスタンではムガル帝国時代に宮廷語であったペルシア語と北インドの口語のヒンディー語が融合してできたウルドゥー語が公用語とされている。<山下博司『ヒンドゥー教とインド社会』山川出版社・世界史リブレット5などによる>

出題 センター試験 2012年世界史B 第4問(改)

B 古来、①南アジアには、様々な人種・民族が到来するのに伴い、多様な言語がもたらされた。それらは、併存しつつ互いに影響を与え合うことで、複雑な言語状況を作り上げた。現在、南アジアの諸言語は< ア >などのドラヴィダ系、< イ >などのインド=ヨーロッパ系、さらにアウストロアジア系、シナ=チベット系に分類されるのが通例である。②19世紀以降の言語をめぐる問題は、こうした複雑さを反映し、しばしば激しい対立に至った。③1950年1月に施行されたインド憲法は、連邦レベルの公用語を定めるとともに、特に重要なものとして14もの言語を認めざるを得なかった。
問1 文章中の<ア>と<イ>に入れる語の組合せとして正しいものを次の①~④のうちから一つ選びなさい。
 ① ア ー ヒンディー語    イ ー タミル語
 ② ア ー ヒンディー語    イ ー アッカド語
 ③ ア ー タミル語      イ - ヒンディー語
 ④ ア ー アッカド語     イ ー ヒンディー語
問2 下線部①の地域の言語について述べた文aとbの正誤の組合せとして正しいものを、下の①~④から一つ選びなさい。
  a インダス文字は、20世紀に解読された。
  b ムガル帝国は、ペルシア語が公用語(公式文書に用いられる言語)であった。
 ① a ー 正    b ー 正
 ② a ー 正    b ー 誤
 ③ a ー 誤    b ー 正
 ④ a ー 誤    b ー 誤
問3 下線部②の時期の南アジアで起こった出来事として正しいものを、次の①~④から一つ選びなさい。
 ① イギリスとフランスの勢力がプラッシーで戦った。
 ② イギリス東インド会社の傭兵シパーヒーの反乱から大反乱が起こった。
 ③ ローラット法に反対するインド民衆が暴動を起こした。
 ④ カシミール地方をめぐってインドとパキスタンが衝突した。
問4 下線部③の憲法が制定されたときのインドの首相として正しいものを、次の①~④から一つ選びなさい。
 ① ジンナー
 ② ガンディー
 ③ ネルー
 ④ インディラ=ガンディー

解答

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ノートの参照
2章1節 ウ.アーリヤ人の進入とガンジス川流域への移動
7章4節 ア.ムガル帝国の興隆とインド=イスラーム文化
書籍案内

山下博司『ヒンドゥー教とインド社会』山川出版社・世界史リブレット5