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ソグディアナ

中央アジアでソグド人が活動した一帯。後の西トルキスタン。現在はウズベキスタンに属している。

 アラル海に注ぐ大河、アム川とシル川にはさまれた地方で、サマルカンドを中心とする一帯。現在はおよそウズベキスタン共和国にあたる。その住民がイラン系のソグド人で、古くからソグド商人といわれて東西交易に活躍していた。前4世紀の末にはアレクサンドロス大王がこの地まで遠征し、交易ルートを押さえるとともにギリシア人を入植させ、その帝国の崩壊後は、ギリシア系の人々はバクトリアを建国した。その後は大月氏国、クシャーナ朝、ササン朝、エフタル、突厥などの国々が興亡した。この地は中国にも知られ、「粟特」と表記されている。8世紀にトルコ系ウイグルの勢力が及んでからは次第にトルコ化し、西トルキスタンと言われるようになる。

ソグディアナのイスラーム化

 7世紀にササン朝を滅ぼしてたイスラーム勢力は、8世紀初めのウマイヤ朝のカリフアブド=アルマリクの時、アム川を超えてソグディアナにも進出してきた。さらに751年、アッバース朝は唐軍とタラス河の戦いで戦って勝利し、この地のトルコ人のイスラーム化が進んだ。アラブ人はこの地をアラビア語でマー=ワラー=アンナフル(川向こうの土地、の意味)と言うようになった。その後イラン系のサーマーン朝、トルコ系のカラ=ハン朝、セルジューク朝、ホラズムが興亡し、1220年にチンギス=ハンに征服され、チャガタイ=ハン国が成立、その東西分裂後、1370年にはティムールがサマルカンドを都に帝国を建設した。ティムール朝はトルコ系ウズベク人に滅ぼされ、16世紀以降はブハラを都とするブハラ=ハン国など、ウズベク人のイスラーム国家が分立する。近代にはいるとロシアの南下政策によって侵略され、ロシア領、ソ連領となり、現在ではほぼその地域はウズベキスタン共和国として独立した。 
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ノートの参照
第6章1節 ア.トルコ系民族の進出とソグド人