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ゴムウカ

ポーランドの統一労働党指導者。一時親ソ連派によって逮捕されたが、1956年のポーランド反ソ暴動に際して復活し、その後1970年まで権力を維持した。

 ポーランド統一労働者党(共産党)指導者で書記長。第二次世界大戦勃発によるドイツ軍のポーランド侵攻の後、ソ連に亡命し、ソ連による解放とともに帰国して、1945年から戦後のポーランド再建にあたった。しかし1948年にはスターリン主義の押しつけが強まって、スターリン派によってゴムウカは民族主義に偏向しているとして書記長を解任され逮捕された。

ポーランド反ソ暴動で復権

 1956年スターリン批判がはじまると釈放され、同年、ポズナニ暴動から始まったポーランド反ソ暴動が展開される中、党の改革派から推されて第一書記に復帰し、スターリン派を排除して改革を実行した。10月には国民の前で「社会主義の道」という演説を行い、社会主義には多様な道があることを示した。ゴムウカはポーランドの独自内政を確保したが、ワルシャワ条約機構からの脱退はしなかった。この点が、ハンガリーのナジ=イムレが処刑されたのに対し、生存できた理由であった。

権威主義的指導に変質

 ゴムウカは復活したが、その後は次第に保守的な姿勢をとるようになり、1968年のチェコ事件では自由化路線の否定にまわり、ワルシャワ条約機構軍の派遣を主張した。1970年にグダニスクで物価騰貴に反発した民衆が蜂起すると厳しく弾圧した。しかし硬直した権威主義的な指導が批判され、同年ゴムウカは解任された。
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ノートの参照
第16章2節 イ.ソ連の雪どけと平和共存政策