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江沢民

1990年代の中国で鄧小平路線を継承し香港返還などを実現させる。

 江沢民(こうたくみん)は鄧小平の後継者となった現代中国の政治家。40年代半ば上海交通大学を卒業し、50年代半ばにモスクワの自動車工場に留学し、帰国後一貫して技術者としての道を歩んできた。改革開放期に85年に上海市長に、間もなく同市党書記に就任し、1989年第2次天安門事件後に党総書記に選出された。経済の改革開放を推進しながら、政治安定のため毅然として民主化を鎮圧できる人物として期待されたと言える。
 江沢民は、1991年4月「中国のもっとも重要なことは経済を活性化し、総合国力を向上させることである。経済力がなければ国際的には地位を保てない」と力説し、再び経済開放路線を宣言した。92年の共産党第14回全国大会ではポスト鄧小平体制で「社会主義市場経済」の積極的な導入が謳われ、指導体制としては江沢民総書記を核心とする、「第三世代指導集団」の形成が目指され、胡錦涛ら若手が抜擢された。経済部門では93から94年のバブル経済を中央マクロコントロールを強めて辣腕ぶりを発揮した副首相の朱鎔基の評価が急速に強まった。97年には香港返還が実現し、さらに2001年には中国のWTO加盟を実現させた。2003年に朱鎔基とともに退陣し、胡錦涛にバトンタッチしたが、江沢民は依然として強い影響力を持っているという。<天児慧『中華人民共和国史』1999 岩波新書 などによるまとめ>
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