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チェコ

1993年、スロヴァキアと分離。

 Czech Republic 1993年までチェコスロヴァキア社会主義共和国を構成していたが、スロヴァキアと分離独立した。面積約7万8千平方km(日本の約5分の1)。人口約1千万。首都はプラハ。チェック人の多い、ボヘミア・モラヴィア地方がチェコと言われる。9世紀には大モラヴィア王国、10世紀にはベーメン(ボヘミア)王国が成立。1620年にオーストリアのハプスブルク帝国の支配下にはいる。1918年、スロヴァキアとともにチェコスロヴァキア共和国(第一共和国)として独立した。ナチスドイツが台頭して、ミュンヘン協定でドイツに併合された。
 第二次世界大戦後、1948年から社会主義体制下におかれ、1968年の「プラハの春」での民主化の試みはソ連とワルシャワ条約機構軍が侵攻するというチェコ事件で弾圧され、その後もチェコスロヴァキアの民主化運動は厳しく取り締まられた。
 1989年の一連の東欧革命の中で、ようやくチェコスロヴァキアの民主化(ビロード革命)を達成。その直後からチェック人とスロヴァキア人の間で民族主義的な主張が強まった。チェコ側はスロヴァキアの工業原料を確保したい思惑から、分離に反対する意見が強かったが、スロヴァキアの分離要求が強く、1992年の議会で分離が決定し、1993年1月を以て分離した。
 チェコスロヴァキア民主化運動の指導者ハヴェルが1993~2003年の大統領を務めた。1999年にはNATOに加盟、2004年にはEUに加盟した。
 →  チェコスロヴァキア共和国 チェコ事件 チェコスロヴァキアの民主化 チェコスロヴァキアの連邦解消 
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