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西ローマ帝国の滅亡

476年、ゲルマン人の傭兵隊長オドアケルによって滅ぼされる。

 395年の東西分裂後も、西ローマ帝国は存続したが、4世紀に始まるゲルマン人の大移動の波がその領内に及ぶようになり、5世紀にはいるとゲルマン人、さらにアジア系のフン人がローマをたびたび掠奪し、大きな脅威にさらされるようになった。帝国の防衛もゲルマン人傭兵部隊に依存しなければならず、皇帝は傭兵部隊の意向でたびたび廃位された。

5世紀のゲルマン人・フン人の侵入

406年
東ゴート人の侵入。
410年
西ゴート人アラリックのローマ掠奪。
430年
ヴァンダル人ガイセリック、アフリカに入りピッポでローマ軍を破る。
451年
フン人のアッティラ大王のガリア侵入。
452年
アッティラ大王、ローマに侵入。ローマ教皇レオ1世による説得で撤退。
455年
ヴァンダル人のガイセリック、ローマ掠奪。
474年
ガイセリック、アフリカ・シチリアその他の地中海諸島を領有。
475年
西ゴート人のスペイン領有、ブルグンド人などのガリア分割。
476年
西ローマ帝国、オドアケルによって滅ぼされる。
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ノートの参照
1章3節 カ.西ローマ帝国の滅亡