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ドミニコ会

13世紀初め、スペインで創設された托鉢修道会。異端の取り締まり、改宗に熱心であった。

 1206年、スペイン出身のドミニコ(ドミニクス)らが、インノケンティウス3世から南フランスで異端として勢力を持っていたカタリ派の改宗のために派遣されたことに始まる。シトー派も異端改宗に派遣されたが、ドミニコらの活動は多くの改宗者を生み、1217年にローマ教皇から修道会として承認された。彼らは信者の寄付によって生活していたので「托鉢修道会」とか「乞食僧団」と言われた。ドミニコ派修道会(ドミニコ会)は、中央集権的な組織を持ち、異端の改宗と取り締まりの先頭に立って活動した。また、熱心な信仰の名から高名な神学者を排出し、パリ、ボローニャ、ケルン、オックスフォードなどの大学に神学教授を提供した。トマス=アクィナスもドミニコ派修道士から出発した。

「神の犬」と言われる。

 16世紀に宗教改革が始まると、ドミニコ会や新設のイエズス会などの教団は対抗宗教改革(反宗教改革)の運動を起こし、プロテスタントやカトリック教会の改革派に対する攻撃の先頭に立ち、とくにトリエント公会議後は、宗教裁判所を舞台に、さかんに異端審問を行った。ドミニコ派は、語呂合わせで「神の犬 Domini canes」(ドミニ・カネス)と言われ、特に熱心に異端者摘発にあたった。<田中一郎『ガリレオ裁判』2015 岩波新書 p.16>
 → スペインのユダヤ人改宗者、コンベルソ
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第5章4節 ア.教会と修道院