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オランダ領東インド

ジャワ島を中心とした現在のインドネシアには17世紀からオランダが進出し、オランダ領東インドとして植民支配を20世紀まで続けた。

 16世紀後半、スペインからの独立戦争を戦っていたオランダは、国土の狭小さを補う必要があり、通商国家として活路を見いだそうとしていた。実質的な独立を達成してからも海外進出を続け、次第にイギリスと競合するようになってきた。
 現在のインドネシア全域を含む島々には、まず1596年、オランダ艦隊がジャワ島のバンテンに来航、1602年にオランダ東インド会社を設立し、本格的に進出を開始した。1619年に総督クーンが、ジャワ島の中心地としてバタビア(現在のジャカルタ)を建設し、東南アジアでの香料貿易の基地としたことでオランダ領東インドの第一歩となった。  オランダによるインドネシア植民地支配の歴史は、ジャワ島を中心として、1602年~1798年の「オランダ東インド会社による植民地経営の時代」と、1799年~1949年の「オランダ政府による直轄時代」に分けられる。

東インド会社の経営時代

 前半17~18世紀の東インド会社による独占的経営は、領土的な支配ではなく、香料などを中心とした交易を拡大することに主眼をおいたもので「交易の時代」ともいえる。これは貿易の利益を国家財政にあてるという重商主義の一環であった。この間、オランダはモルッカ諸島での香辛料貿易で東南アジアで先行するポルトガルを追い出し、次いでオランダと同時期に進出を図ったイギリスと争い、1623年のアンボイナ事件で主導権を獲得した。  18世紀には香辛料貿易が次第に不振となり、会社内部の腐敗も進んだ。1755年にはジャワ島のマタラム王国に支配権を譲渡させ、直接的な領土支配に転換し始めた。ジャワ島だけではなくセレベス・スマトラ・モルッカ諸島に支配地を広げ、オランダ領東インドを形成していった。  しかし、フランス革命の影響で1795年に本国でバタヴィア共和国が成立、続いてナポレオンがオランダを征服したことにより、1799年に東インド会社は解散した。1815年、オランダ立憲王国として復活後はジャワ島を政府直轄として植民地政庁を置いて支配する形態に転換した。

政府直轄時代

 「政府直轄時代」はさらに三分して19世紀前半の「強制栽培全盛期」、後半の「私企業プランテーション期」、そして20世紀における「宥和政策の時期」に分けられる。<斯波義信『華僑』岩波新書p.119>
  • 強制栽培制度の時期 強制栽培制度の時代は1830年から1870年ごろまでである。19世紀にはジャワ戦争パドリ戦争など、反オランダの反乱を鎮圧して植民地支配を強化したが、1830年に本国でベルギー独立のために財政難に陥ったオランダが導入したのが強制栽培制度であった。これは総督ファン=デン=ボスのもとで実施されたこの制度は、重商主義の徹底したもので、ジャワ島全土にコーヒー、サトウキビ、藍などの商品作物の栽培を強制し、一種の国営プランテーション化したものであった。
  • 私企業プランテーションの時期 強制栽培制度は農民への負担が大きく、次第に反発が強まり、また自由な農場経営を望む白人入植者や華僑の要求も強まったために1870年に廃止された。それ以後は、私企業プランテーションの段階となり、主力産品はスズやゴムに移行する。
  • 宥和政策の時期 20世紀になるとようやく植民地支配に対するインドネシアの民族運動が台頭すると、オランダは宥和的な政策をとる一方、帝国主義的な領土獲得にも動き、スマトラ北部のアチェ王国アチェ戦争で滅ぼしてオランダ領東インドに編入した。

日本軍の侵攻

 太平洋戦争が始まると、日本軍の侵略目標がインドネシアの石油資源にあることが明白であったので、アメリカ・イギリスと並んでオランダも日本に対して宣戦布告した。ただしオランダの本国はドイツ軍に占領されていたので政府はロンドンに亡命しており、日本に対する宣戦布告は東インド政庁が独断で行い、後に亡命政府が追認したものである。 日本軍はフィリピン、マレー半島、シンガポールを次々と占領し、1942年1月にインドネシア侵攻を開始、タラカン島とスラウェシ島に上陸し、2月にはスマトラを占領、3月にジャワ島に上陸して5日に首都バタヴィア(現ジャカルタ)を占領、9日にオランダ東インド軍は降伏した。こうしてインドネシアは日本の軍政下に置かれることとなった。

オランダ植民地支配の終わり

 日本の敗北後にスカルノによってインドネシア共和国の独立宣言が行われた。一旦敗退したオランダは植民地支配の再現をねらい、その独立を認めず、インドネシア独立戦争が展開され、1949年のハーグ協定インドネシア連邦共和国という形で独立を承認し、オランダ領東インドは終わりを告げた。
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ノートの参照
第13章2節 ウ.東南アジアの植民地化