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関東州

日本が日露戦争で獲得した遼東半島南部に置いた州。山海関の以東の意味で満州を指し、関東軍が置かれた地。

関東州の意味は次の説明がわかりやすい。
(引用)関東軍の”関東”というのは、中国の山海関(万里の長城の東端)以東一帯、つまり奉天・吉林・黒竜江三省に対する名称である。いい換えればこれは満州の別称だと心得て、まず間違いないのである。ところで、かなり広範囲な地域に対するこの名称を、そのほんの一部分にしか当たらない遼東半島の先端に用いて、これを”関東州”と名づけたのは、1898年の列強の中国分割以来ここを中国から租借していたロシアだった。日本は1905年、日露戦争の結果として、この租借権をロシアから譲られると同時に、中国側の抗議を退けて、このいささか誇張的な呼び名をそのまま踏襲した。そしてやがてはこの租借地に根拠を置く、駐箚一個師団、独立守備隊六個大隊、計約一万の兵力をもつ日本軍にも”関東軍”という名を与えたのである。<島田俊彦『関東軍』1965 中公新書 まえがき>
 → 関東軍
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ノートの参照
第14章3節 イ.日露対立と列強