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南満州鉄道

満州の長春と遼東半島先端の旅順を結ぶ鉄道。1906年、日本が南満州鉄道会社を設立して運営した。

 ロシアは三国干渉で日本から遼東半島を還付させた見返りとして、1896年に東清鉄道の敷設権を獲得した。これは、満州里からさらに1898年には遼東半島南部を租借し、ハルビン―旅順間の南満州支線の敷設権を得て鉄道を建設し、満州への進出を強めた。
 日露戦争でロシアを破った日本は、ポーツマス条約で遼東半島南部の租借権を継承し、1906年に長春―旅順間の鉄道及び鉱山開発を行う南満州鉄道株式会社を設立した。これがいわゆる「満鉄」といわれる鉄道会社で、これ以後、日本の中国大陸進出で最も重要な役割を担うこととなる。
 → 柳条湖事件/南満州鉄道爆破事件

アメリカとの対立

 日露戦争の勝利を足場に、日本が南満州鉄道敷設権を得たことは、中国大陸進出の機会をうかがっていたアメリカ(とその資本家たち)を刺激した。アメリカで鉄道王といわれたハリマンは、南満州国鉄道の共同経営を申し出て、桂太郎首相とその合意に達した(桂=ハリマン協定)が、小村寿太郎などの反対で破棄されるという事件があった。その後もアメリカは門戸開放を主張して満州進出を強めたので、日本は日露協約を締結して、昨日の敵であったロシアと今日は手を結ぶという転換を遂げた。
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ノートの参照
第14章3節 イ.日露対立と列強