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ドイツ共産党

1918年12月にスパルタクス団が改称。1919年1月の武装蜂起に失敗した後、1920年代にはコミンテルンに属し革命をめざしたがいずれも失敗した。

 1918年12月、スパルタクス団が改称した。1919年1月の蜂起には失敗し、指導者のローザ=ルクセンブルクカール=リープクネヒトらも殺害されたが、その後もドイツ社会民主党政権に対する批判勢力として存続し、インフレなどで苦しむ労働者層の支持を受け党勢を拡大する。20年代にはコミンテルンに加盟し、ドイツ革命をめざし、過激な活動を展開し、その進出を恐れた資本家側は、共産党勢力を抑える勢力としてナチスに期待するようになる。
 1933年に権力を握ったヒトラーのナチ党により、国会議事堂放火事件の犯人とされて非合法化された。ヒトラー政権の下では地下に潜り、党指導部はソ連に亡命した。戦後、ドイツに戻った共産党指導部はソ連の軍事力を背景に、社会民主党との合同を強行し、社会主義統一党(SED)となり、ドイツ分裂後はドイツ民主共和国(東ドイツ)の体制政党として社会主義建設を進めた。
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ノートの参照
第15章2節 ウ.西欧諸国の停滞