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ラトヴィア

インドヨーロッパ語系バルト語族の民族で、バルト三国の一つ。ロシア革命に際して1918年に独立。第二次世界大戦でソ連に併合されたが、ソ連崩壊に伴い、1991年に独立した。

 バルト三国の中で北のエストニア、南のリトアニアに挟まれた中間に位置する。
 ラトヴィア人はリトアニア語と同じくインド=ヨーロッパ語族のバルト語族に属する。首都リガ(リーガとも表記)はダウガヴァ川をさかのぼった13キロの地点に、リューベックからキリスト教の布教に派遣されたドイツ人司教が1201年に建設を開始したという。
 13世紀以降、バルト沿岸にはドイツ騎士団が進出、植民活動を進めたのに対して、それに抵抗する人々にラトヴィア人としての民族意識がめばえるようになった。
 17世紀にはスウェーデンやポーランドが進出、さらに18世紀には隣国のロシアが強大化して、その支配下に入った。このように強国に囲まれて、ラトヴィア人として国家を形成することはできなかったが、ラトヴィア人としての民族的自覚は維持された。

独立からソ連編入まで

 ようやく1917年のロシア革命に際して、レーニンの掲げた平和についての布告において民族自決の原則が打ち出されたことによって、バルト三国の独立が実現、ラトヴィアは1918年に独立を宣言した。
 しかし、スターリン時代のソ連は、領土的野心を強め、1939年にはソ連はヒトラードイツとの間での独ソ不可侵条約を結び、それに付帯する秘密議定書でポーランドの分割とともにバルト三国のソ連併合を認めさせていた。その密約に基づき、第二次世界大戦の最中の1940年にエストニア、リトアニアとともにソ連に併合され、ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)を構成する一共和国となった。

ソ連からの独立

ラトヴィア国旗  1989年の東欧革命の動きの中でソ連からの分離独立を求める声が強まり、バルト三国の独立の一環として、1991年8月のソ連保守派クーデターの失敗を受けて、21日に独立を宣言した。
 2004年3月にNATOに加盟し、5月にはEUに加盟し、2014年から欧州共通通貨ユーロを導入した。
 ラトヴィアの国旗(右)は、13世紀にドイツ騎士団の侵攻に抵抗して奮戦したラトヴィア人指揮官の血に染まった白布に由来すると伝えられている。現在は、自由のために流された人民の血を洗わすとされている。<辻原康夫『図説国旗の世界史』2003 河出書房新社 p.25>
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