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啓典の民

イスラーム教から見て一神教の経典を持つ民であるユダヤ教、キリスト教徒のこと。人頭税を納めることで信仰が認められていた。

 啓典とは神の啓示(神のことば、つまり預言)を記した文書のこと。イスラーム教では、ユダヤ教の『旧約聖書』(厳密にはその中のモーゼ五書と言われる創世記、出エジプト記などの律法の部分と詩編)、キリスト教の『新約聖書』を『コーラン』と同じく唯一神から示された「啓典(キターブ)」と見なしていた。そのため、イスラーム教ではユダヤ教徒とキリスト教徒を「啓典の民」と称して、当初は他の異教徒とは区別し優遇した。「啓典の民」は、人頭税(ジズヤ)を納めればジンミー(庇護民)として保護されその信仰生活が保障された。「啓典の民」は本来ユダヤ教徒とキリスト教徒だけであったが、イスラーム世界が拡大するに伴って異教徒の種類が増えると宗派によって扱いが異なっていく。ゾロアスター教仏教は啓典の民と同様の扱いを受けたが、ヒンドゥー教など明確な多神教、偶像崇拝を特徴とする宗派は厳しく処遇された。

イスラーム教から見たモーゼとキリスト

 イスラーム教では、コーランによれば、人類はもともと争いのない平和で正しい一つの共同体(ウンマ)であった。ところがやがて対立するようになり相争って多くのウンマに分かれてしまった。そこで神は人々の争いを裁決し、彼らを正しい道に連れ戻すために、それぞれのウンマに使徒(預言者)を使わし、警告を与えた。モーゼが遣わされたのがユダヤ教徒であり、イエスが遣わされたのがキリスト教徒であるから、彼らはそれぞれ神の言葉である「啓典」を示された「啓典の民」であると考えられた。このように、イスラーム教では、ユダヤ教とキリスト教は同じ神から啓典を与えられた仲間であるととらえている。しかし、これらの人々は啓典の民でありながら対立したり、啓典を改ざんしたり、使徒を神格化するという過ちを犯した。そこで神は、「あらゆる人々に対して喜びの音信と警告を与えるために」最後の使徒(預言者)としてムハンマドを遣わした、とする。つまりムハンマドは「最後の預言者」である、という。<この項、中村廣治郎『イスラム教入門』岩波新書 p.43>
・POINT・ ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教は共存していた この三つの宗教は「三大啓示宗教」であり、一神教であること、預言者の宗教であることなども共通している同根の宗教であった。従ってこれらの宗派が最初から憎しみあい、対立していた考えるのは大きな誤りとなる。長いあいだこの三つの宗教は共存しいたのが真相である。違いが明確になったのは三位一体説を正統とするローマ=カトリック教会の権威が確立してからである。神と神の子(イエス)が本質において一体であるとするローマ=カトリック(及びカトリックも含めたキリスト教)の信仰は、ムハンマドはあくまで預言者に過ぎず神ではないと考えるイスラーム教とは相容れないものである。中世ヨーロッパのカトリック世界において、イスラーム教を敵対する宗教として十字軍運動やイベリア半島でのレコンキスタが始まり、さらにヨーロッパ社会内部のユダヤ教信者、つまりユダヤ人に対する迫害が始まった。また現代のアラブとイスラエルの対立というのも、4千年前から続く対立ととらえるのは全くの誤解であり、シオニズムの展開、イギリスの中東政策の誤りから始まった中東戦争などを要因とした20世紀に入ってからの現象に過ぎない。
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