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ロシアのウクライナ侵攻

2022年2月24日、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナへの軍事侵攻を実行した。ヨーロッパでのNATOの拡大に対する反発を強めていたプーチンであったが、なぜこの時期なのか、またその最終的狙いは何か、アメリカなどNATO側はどうでるのかなど、進行中の事態なので評価をすることはできないが、今までの経過を含めて現代史の中で重要な出来事であることは間違いない。また世界史の学習でも、ロシアやウクライナ、NATOなどを知る上で欠かせない情報であるので、現在の時点での要点をまとめておく。<あくまで途中原稿です。2022/3/5記>

ロシアのウクライナ侵攻

 2022年2月24日ロシア連邦プーチン大統領はかねて予告していた隣国ウクライナへの軍事侵攻を実行した。1月からプーチンはウクライナがNATO加盟へと進むことを警戒、アメリカにそれを認めないよう交渉を求めていたが、バイデン大統領が交渉を拒否したことから、軍事侵攻に踏み切ったと表明している。それはまた国際世論の反発を避けるため北京の冬季オリンピック閉会直後のタイミングで実行され、またプーチンはこれは戦争ではなく、ウクライナ政府(ゼレンスキー大統領)がネオナチ化し、ジェノサイド的な殺戮などの不法行為をおこなっていることからウクライナ東部のロシア系住民を保護するための特別軍事行動であると強弁した。
東部ウクライナでの紛争 また2014年のクリミア危機ウクライナ東部紛争の際、9月にベラルーシのミンスクで全欧安全保障協力機構(OSCE)・ドイツ・フランスの仲介におって、ロシアのプーチン、ウクライナのポロシェンコ両大統領も合意して停戦合意が成立していたが、プーチンはその合意での東ウクライナのロシア人地域に認められたはずの高度な自治は実現しておらず、ウクライナが合意を履行していないと非難した。侵攻直前には、ウクライナ東部のロシア系住民が独立を宣言したルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国をそれぞれ承認、相互防衛条約を結んでロシア軍の進駐を合法化した。このように、両国は2014年から実質的な戦争状態にあったと言える。
 2022年2月、プーチンがウクライナ侵攻に踏み切ったのは、口実としては
  • ウクライナ側のミンスク合意違反。東ウクライナでロシア系住民に自治を与えず、ジェノサイド的迫害を続けていること。
  • ウクライナがロシアを敵視しているNATOへの加盟を進めていること。
であり、その狙いは、ウクライナでの親ロシア政権への転換、クリミア併合・東部ウクライナのロシア系国家承認にあったと思われる。またバイデン大統領がウクライナへの軍事支援はしないことを表明していたので、NATOの東方拡大の流れを阻止する好機ととらえたものと思われる。

戦火の拡大

 プーチンが「戦争」ではない、というのは、かつて日本が中国での軍事行動を戦争ではなく「事変」である、といったのと同じレベルであり、戦争を起こした責任を回避し、後の戦争犯罪を訴追されることを避けるためであろう。事実上これが戦争であること、しかも侵略戦争であることは、ロシア軍の軍事行動は東ウクライナに留まらず、すでに実効支配しているクリミア半島から軍を北上させ、さらに親ロシアのルカチェンコ独裁政権化のベラルーシからも軍を南下させるという三方面からの軍事行動であり、ロシア系住民保護の範囲をはるかに超えていることからあきらかである。まさに宣戦布告なき戦争であって、暴力的に国境を改変する国際法違反であり、国際連合憲章にも反する暴挙であることはあきらかである。
アメリカなどによる経済制裁 ロシア軍の三方からの侵攻をうけたウクライナでは、ゼレンスキー大統領が戒厳令を布き、国民に抵抗を呼びかけ、徹底抗戦の姿勢を示した。アメリカのバイデン大統領はウクライナへの全面支持を表明するとともに、NATO加盟国ではないウクライナへの軍隊派遣は行わないことを明言した。ロシアに対する対抗措置としてはG7各国と歩調を合わせ最大規模の経済制裁をロシアに課すと表明、SWIFTからのロシアの除外などの措置を取った。
ロシアの狙いとウクライナの抵抗 プーチンとロシア軍の狙いは、首都キエフを制圧して、現ゼレンスキー政権を転覆して親ロシア派政権をつくり、ウクライナのNATO、EUへの加盟を阻止、それによってウクライナを西側の脅威に対する緩衝地帯とすることにあったと思われる。さすがにウクライナ全土を併合する意図はないと表明しており、おそらくクリミア半島併合と東部のロシア系国家の分離をウクライナに認めさせることを目標としたと思われる。その前提として、侵攻数日間でウクライナ軍を制圧し、ゼレンスキーがキエフを離脱することなど軍事的に圧勝するというシナリオがあったが、ウクライナ軍の抵抗が想定以上に頑強であるため、1週間経ってもキエフを制圧することができなかった。ゼレンスキー大統領もキエフに留まっていることをSNSで発信し、国民的な支持を集めている。
プーチンの核兵器使用の脅し そのため、プーチンは2月27日、ショイグ国防相と軍参謀総長に対し、NATOのロシアに対する攻撃的な姿勢に対抗するため、「特別態勢」をとるように支持した。これは核戦力を含めた対応を取ることを意味しており、ICBM(大陸間弾道弾)などの戦略核に加え、小規模な戦場で使用する戦術核も含めて準備することであり、NATOに対する牽制であると同時に、ウクライナへの恫喝ともいえる発言である。プーチン自身は「核兵器」という言葉は使っていないものの、「特別」の意味は核兵器であることは明らかで、国際世論のなかに強い反発が生じた。
国連総会 緊急特別会合で非難決議 国際連合では、アメリカが主導した国連安保理の要請で緊急特別総会を招集、3月2日にロシア非難決議が審議され、賛成141カ国、反対5カ国、棄権35カ国、無投票12カ国(加盟国総数193カ国)で採択された。日本はアメリカとともに共同提案国(96カ国)となった。国連総会で緊急特別会合が開催されたのは、イスラエルがゴラン高原を併合した問題の起こった1981年以来、40年ぶりであった。
ロシア、原発を攻撃 さらに3月3日には、ロシア軍はウクライナ最大のザポロージェ原子力発電所を攻撃し、危機感が一気に高めた。侵攻直後にベラルーシ国境に近い閉鎖中のチェルノブイリ原子力発電所を占領しており、ウクライナの核開発を警戒するのと発電能力をおさえ用としたものと思われるが、原発に砲弾が落とされたことで世界に強い衝撃が起こり、非難が一段と強まった。ロシア国内ではきびしい報道統制で戦争の実態は伝えられておらず、これは戦争ではなくウクライナのネオナチ勢力や民族主義グループを排除する為の特別行動であると言い続け、軍の公式発表も原発への攻撃はウクライナ側がやったことだと発信している。
ロシア非難の高まり しかしながら、市民の中から、プーチン政権の軍事行動は国際的にも認められず、ロシアの国益に反し、ウクライナ国民だけでなくロシア国民も犠牲になっているとの声もあがっている。3月4日、北京ではパラリンピックが始まった。当初はプーチンも習近平の顔を立てて、この頃までには矛を収めるのではないかと観測されていたが、そうはならなかった。パラリンピックにはロシアとベラルーシの選手の参加が急きょ拒否されることとなり、ロシアに対する国際的な非難は高まっている。しかし、プーチンは一向に軟化の姿勢を見せていない。
停戦協議の不調 2度にわたって停戦協議が行われたが不調だった。最初はベラルーシの東部国境近くで行われ、二度目はベラルーシのベロベージの森で行われた。この地は、1991年12月8日、ロシアのエリツィン大統領とウクライナ、ベラルーシの三共和国首脳が会談し、ソ連の解体と独立国家共同体の結成を宣言した、歴史的なところだった。
 停戦交渉ではゼレンスキーはまずロシア軍のウクライナ全土からの撤退という、まっとうな要求であるのに対し、プーチンはウクライナの非武装化と中立化、クリミア併合の承認を停戦の条件として譲らず、まとまる気配はない。プーチンの要求の非武装化は第二次世界大戦で連合国が敗戦国ドイツと日本に対してつきつけたことが想起される。このみずから「これは戦争ではない」といっているプーチンに、主権国家の主権を侵害するどのような根拠と理屈があるのだろうか。過去の歴史上のどの強権的な指導者よりも強気な要求を掲げるプーチンの歴史観はどのようなものなのであろうか。世界が納得することはあるまい。プーチンには世界史の学習をし直してほしいものだ。 → プーチンの項 プーチンは世界史テストで合格点を取れるか。を参照
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