ロシアのウクライナ侵攻
2022年2月24日、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナへの軍事侵攻を実行した。ヨーロッパでのNATOの拡大に対する反発を強めていたプーチンであったが、なぜこの時期なのか、またその最終的狙いは何か、アメリカなどNATO側はどうでるのかなど、進行中の事態なので評価をすることはできないが、今までの経過を含めて現代史の中で重要な出来事であることは間違いない。また世界史の学習でも、この戦争に至ったロシアやウクライナ、NATOなど経緯について知ることは欠かせないので、進行中の事態であるが現在の時点での要点をまとめておく。<あくまで途中原稿です。2022/3/5記 2024/10/30追記>
ロシアのウクライナ侵攻
2022年2月24日、ロシア連邦のプーチン大統領はかねて予告していた隣国ウクライナへの軍事侵攻を実行した。1月からプーチンはウクライナがNATO加盟へと進むことを警戒、アメリカにそれを認めないよう交渉を求めていたが、バイデン大統領が交渉を拒否したことから、軍事侵攻に踏み切ったと表明している。それはまた国際世論の反発を避けるため北京の冬季オリンピック閉会直後のタイミングで実行され、またプーチンはこれは戦争ではなく、ウクライナ政府(ゼレンスキー大統領)がネオナチ化し、ジェノサイド的な殺戮などの不法行為をおこなっていることからウクライナ東部のロシア系住民を保護するための特別軍事行動であると強弁した。東部ウクライナでの紛争 また2014年のクリミア危機・ウクライナ東部紛争の際、9月にベラルーシのミンスクで全欧安全保障協力機構(OSCE)・ドイツ・フランスの仲介におって、ロシアのプーチン、ウクライナのポロシェンコ両大統領も合意して停戦合意が成立していたが、プーチンはその合意での東ウクライナのロシア人地域に認められたはずの高度な自治は実現しておらず、ウクライナが合意を履行していないと非難した。侵攻直前には、ウクライナ東部のロシア系住民が独立を宣言したルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国をそれぞれ承認、相互防衛条約を結んでロシア軍の進駐を合法化した。このように、両国は2014年から実質的な戦争状態にあったと言える。
2022年2月、プーチンがウクライナ侵攻に踏み切ったのは、口実としては
- ウクライナ側のミンスク合意違反。東ウクライナでロシア系住民に自治を与えず、ジェノサイド的迫害を続けていること。
- ウクライナがロシアを敵視しているNATOへの加盟を進めていること。
戦火の拡大
プーチンが「戦争」ではない、というのは、かつて日本が中国での軍事行動を戦争ではなく「事変」である、といったのと同じレベルであり、戦争を起こした責任を回避し、後の戦争犯罪を訴追されることを避けるためであろう。事実上これが戦争であること、しかも侵略戦争であることは、ロシア軍の軍事行動は東ウクライナに留まらず、すでに実効支配しているクリミア半島から軍を北上させ、さらに親ロシアのルカチェンコ独裁政権化のベラルーシからも軍を南下させるという三方面からの軍事行動であり、ロシア系住民保護の範囲をはるかに超えていることからあきらかである。まさに宣戦布告なき戦争であって、暴力的に国境を改変する国際法違反であり、国際連合憲章にも反する暴挙であることはあきらかである。アメリカなどによる経済制裁 ロシア軍の三方からの侵攻をうけたウクライナでは、ゼレンスキー大統領が戒厳令を布き、国民に抵抗を呼びかけ、徹底抗戦の姿勢を示した。アメリカのバイデン大統領はウクライナへの全面支持を表明するとともに、NATO加盟国ではないウクライナへの軍隊派遣は行わないことを明言した。ロシアに対する対抗措置としてはG7各国と歩調を合わせ最大規模の経済制裁をロシアに課すと表明、SWIFTからのロシアの除外などの措置を取った。
ロシアの狙いとウクライナの抵抗 プーチンとロシア軍の狙いは、首都キエフを制圧して、現ゼレンスキー政権を転覆して親ロシア派政権をつくり、ウクライナのNATO、EUへの加盟を阻止、それによってウクライナを西側の脅威に対する緩衝地帯とすることにあったと思われる。さすがにウクライナ全土を併合する意図はないと表明しており、おそらくクリミア半島併合と東部のロシア系国家の分離をウクライナに認めさせることを目標としたと思われる。その前提として、侵攻数日間でウクライナ軍を制圧し、ゼレンスキーがキエフを離脱することなど軍事的に圧勝するというシナリオがあったが、ウクライナ軍の抵抗が想定以上に頑強であるため、1週間経ってもキエフを制圧することができなかった。ゼレンスキー大統領もキエフに留まっていることをSNSで発信し、国民的な支持を集めている。
プーチンの核兵器使用の脅し そのため、プーチンは2月27日、ショイグ国防相と軍参謀総長に対し、NATOのロシアに対する攻撃的な姿勢に対抗するため、「特別態勢」をとるように支持した。これは核戦力を含めた対応を取ることを意味しており、ICBM(大陸間弾道弾)などの戦略核に加え、小規模な戦場で使用する戦術核も含めて準備することであり、NATOに対する牽制であると同時に、ウクライナへの恫喝ともいえる発言である。プーチン自身は「核兵器」という言葉は使っていないものの、「特別」の意味は核兵器であることは明らかで、国際世論のなかに強い反発が生じた。
国連総会 緊急特別会合で非難決議 国際連合では、アメリカが主導した国連安保理の要請で緊急特別総会を招集、3月2日にロシア非難決議が審議され、賛成141カ国、反対5カ国、棄権35カ国、無投票12カ国(加盟国総数193カ国)で採択された。日本はアメリカとともに共同提案国(96カ国)となった。 → 国連緊急特別会合については下掲。
ロシア、原発を攻撃 さらに3月3日には、ロシア軍はウクライナ最大のザポロージェ原子力発電所を攻撃し、危機感が一気に高めた。侵攻直後にベラルーシ国境に近い閉鎖中のチェルノブイリ原子力発電所を占領しており、ウクライナの核開発を警戒するのと発電能力をおさえようとしたものと思われるが、原発に砲弾が落とされたことで世界に強い衝撃が起こり、非難が一段と強まった。ロシア国内ではきびしい報道統制で戦争の実態は伝えられておらず、これは戦争ではなくウクライナのネオナチ勢力や民族主義グループを排除する為の特別行動であると言い続け、軍の公式発表も原発への攻撃はウクライナ側がやったことだと発信している。
ロシア非難の高まり しかしながら、市民の中から、プーチン政権の軍事行動は国際的にも認められず、ロシアの国益に反し、ウクライナ国民だけでなくロシア国民も犠牲になっているとの声もあがっている。3月4日、北京ではパラリンピックが始まった。当初はプーチンも習近平の顔を立てて、この頃までには矛を収めるのではないかと観測されていたが、そうはならなかった。パラリンピックにはロシアとベラルーシの選手の参加が急きょ拒否されることとなり、ロシアに対する国際的な非難は高まっている。しかし、プーチンは一向に軟化の姿勢を見せていない。
停戦協議の不調
侵攻後、2度にわたって停戦協議が行われたが不調だった。最初はベラルーシの東部国境近くで行われ、二度目はベラルーシのベロベージの森で行われた。この地は、1991年12月8日、ロシアのエリツィン大統領とウクライナ、ベラルーシの三共和国首脳が会談し、ソ連の解体と独立国家共同体の結成を宣言した、歴史的なところだった。停戦交渉ではゼレンスキーはまずロシア軍のウクライナ全土からの撤退という、まっとうな要求であるのに対し、プーチンはウクライナの非武装化と中立化、クリミア併合の承認を停戦の条件として譲らず、まとまる気配はない。プーチンの要求の非武装化は第二次世界大戦で連合国が敗戦国ドイツと日本に対してつきつけたことが想起される。このみずから「これは戦争ではない」といっているプーチンに、主権国家の主権を侵害するどのような根拠と理屈があるのだろうか。過去の歴史上のどの強権的な指導者よりも強気な要求を掲げるプーチンの歴史観はどのようなものなのであろうか。世界が納得することはあるまい。プーチンには世界史の学習をし直してほしいものだ。 → プーチンの項 プーチンは世界史テストで合格点を取れるか。を参照<以上 2022/3/5記>
緊急特別会合、ロシア非難決議
国際連合総会の緊急特別会合とは、朝鮮戦争勃発直後の1950年11月に開催された第5回総会で採択された「平和のための結集」決議によって召集される会合で、安全保障理事会で常任理事国のいずれかの国が拒否権を発動して議決できずに安全保障の任務を果たせなくなった場合に開催して、多数決で安保理に代わって軍隊の使用を含む集団的措置をとることができる、と言う規定で、それ以降、国連の最も重要な機能とされている。侵攻直後の2月28日から創設以来、11回目になる国連総会緊急特別会合が開催され、長時間の各国代表の発言の結果、3月2日にロシアの行動を非難し、ウクライナからの即時撤兵を求める決議案が採択された。それは、1974年の国連総会での侵略の定義の決議にてらして明確な侵略行為であるとの意見が多数を占めたもので、賛成141カ国、反対5カ国、棄権35カ国、無投票12カ国(加盟国総数193カ国)であった。しかし、総会決議は拘束力は無いので、ロシアが従うことはなかった。
戦闘は終わらずウクライナの戦争被害が深刻になったことで、フランスが人道支援実施のための攻撃停止を求める決議案を安保理に提出しようとしたが、これもロシアが拒否権を持つ以上、安保理決議はできないと判断、日米も含めて共同提案として総会への提出に切り替えた。
3月24日の緊急特別会合でこの決議案が採決され、140国が賛成して採択された。ロシアなど五カ国が反対、中国・インド・南アフリカなど38カ国が棄権した。決議はロシアに一般市民や住宅、学校、病院への攻撃をただちに停止するよう求めた。しかしその後も南東部マリウポリに対するロシア軍の包囲攻撃、キーウ郊外での一般市民への残虐行為などが続き、アメリカは国連人権理事会でのロシアのメンバー資格を停止する決議案を提出した。これは強制的な措置をともなった初の決議と也、4月7日に日米英など93カ国の賛成で採択された。ロシア、中国、北朝鮮など24カ国が反対、インド、ブラジルなど58カ国が棄権した。採択後、ロシアは自ら人道理事会メンバーから脱退した。
このように、国連総会の緊急特別会合は三回にわたり、ロシアを非難する決議を行った。それによってロシアは国際的に孤立し、その軍事侵攻に一定の抑止力とはなったが、力ウクライナ侵攻をやめることはなかった。また決議に賛成する国は3回目には93カ国だったが、これは全加盟国193の半数にも達せず、ロシアを一方的に断罪することは困難であることが明確になった。同時に経済制裁もロシアに戦争から手を引かせるほどの効果が無いことが次第に明確になっていった。<小林義久『国連安保理とウクライナ侵攻』2022/7 p.23-26>