アメリカの核戦略(21世紀)
「テロとの戦い」から、ロシア・中国を想定した核戦略に移行し、大陸間弾道ミサイル・戦略爆撃機・潜水艦発射弾道ミサイルを三本柱とした核戦略を維持。オバマ政権の「核なき世界」は遠くなり、むしろ核兵器のリニューアルを進めた。国際的にはNPT体制を維持し、INF条約離脱、CTBT未批准、核兵器禁止条約未加盟など、核削減では後退。ロシアとの新STARTは締結したが、継続は困難になっている。
21世紀の幕開けに起こった9.11同時多発テロ以来、アメリカは「テロとの戦い」を掲げてアフガニスタン戦争、イラク戦争を行い、一方のロシアもチェチェン紛争などの地域紛争に直面し、シリアのアサド政権への軍事支援などを行ったが、ともに戦略兵器(核兵器)を用いる場面ではなかったので、核軍縮交渉は停滞した。
オバマ政権のNPR オバマ政権が2010年に打ち出したNPR(核戦略の見直し)の要点は次のようなものであった。
新STARTの締結 この指針を打ち出した後、同2010年4月8日、ロシアとの間で新START(新戦略兵器削減条約)締結した。
しかし、新STARTは議会で共和党の反対により批准(3分の2以上の賛成が必要)が困難であった。オバマ政権は共和党保守派・軍と協議を重ね(交渉にあたったのが上院議員バイデンだった)、軍の要求である30年間で1兆ドル以上となる「核兵器の近代化計画」を認めることによって、新START批准をとりつけたのだった。
核の先行不使用宣言の頓挫 オバマ大統領は「核なき世界」の実現をあきらめず、2013年にはベルリンで演説し、新STARTを上回るICBMの削減、さらに欧州に配備する非戦略核(より小規模な戦術核)の大幅削減も提唱した。しかし、翌2014年にはロシアのプーチン政権はウクライナ南部のクリミア半島の併合を強行し、戦術核の使用もほのめかすなど、現実はより厳しくなった。
オバマ大統領はまた、核攻撃を受けない限り核兵器を使わない、とする「先行不使用」宣言の検討に入った。しかし国防省や国防総省は、同盟国からの懸念が示されたことを理由に反対した。実際「核の傘」の下にいる日本政府高官から、p強い懸念が示されていたが、アメリカが先制不使用を宣言することで中国・北朝鮮が先制攻撃しやすくなり、アメリカが守ってくれないなら自国で核戦力を持つという動きに向かうことを恐れたのだった。
オバマの広島訪問 オバマ大統領は任期終了間近になった2016年5月27日、現職のアメリカ大統領として初めて被爆地の広島を訪問した。平和記念館を見学し原爆死没者慰霊塔に献花、被爆者とも面会した。その時の演説で「私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければならない」と述べた上で、「私の生きている間に、この目標は実現できないかもしれない。しかし、たゆまぬ努力によって、悲劇が起きる可能性は減らすことができる。私たちは核の根絶につながる道筋を示すことができる」と語った。
トランプ政権の核戦略は、オバマ政権の「核無き世界」は空論として否定し、「力による平和の維持」、「平和と安定を守るための戦略の基礎」としての核兵器として位置づけ、核戦力の増強に意欲的だった。2018年2月に発表した「核態勢見直し」(NPR)では、核兵器の使用条件を緩め、柔軟な対応(非核攻撃への報復も核兵器で行う)としたうえで、「アメリカの核兵器は同盟国を通常兵器や核の脅威から守るだけでなく、(同盟国が)核兵器を開発する必要性をなくさせ、国際安全保障を促進する」と記述した。さらに地域的な侵攻に対する抑止力として「使いやすい」低出力の核弾頭(戦術核)の開発を表明した。
トランプ大統領は2018年10月にロシアが中距離核戦力(INF)全廃条約に違反し、射程500~5500キロの地上発射型ミサイルを開発しているとして離脱を表明し、19年2月に通告、条約の規定した6ヶ月後の2019年8月1日に失効した。その狙いは、INF全廃条約に縛られていない中国が中距離弾道ミサイル開発を進めていたので、中国を「大国間競争」の相手とすることだった。そのため、ロシアにも中国も負けない「世界最強の核戦力」をもたなければならない、というのが使命であると表明した<p.112->。その姿勢からはロシアとの新START(新戦略兵器削減条約)は「悪い取引だ」ということになり、延長を否定した。そのため延長交渉は難航したが、次のバイデン政権の登場で息を吹き返した。
核兵器禁止条約はトランプ在任中の2020年10月に、批准国・地域が50に達し、90日後の発効が決まったが、トランプ政権の国務省報道官は「核禁条約は解決にならない」とコメントした。理由はアメリカの抑止力を損なう、現在の安全保障上の課題を考慮していない、世界の核不拡散や軍縮の中心にあるNPTを損なう、などであった。<p.142>
日本国内でも安倍晋三元総理や日本維新の会などが、日本が独自に核武装することはできないので、アメリカと核を「共有」して共同運用することによって、中国・朝鮮のミサイルの脅威に対抗すべきだという声が起こった。2022年5月23日の首脳会談後にバイデン大統領と岸田文雄首相は、核兵器を含むアメリカの戦力で的に日本への攻撃を思いとどまらせる「拡大抑止」を強化することで一致した。<p.147-148>
ウクライナは核武装すべきだった? また、ウクライナが軍事侵攻されたのは、核武装していなかったためである、という議論が直ちに起こった。そのなかで核保有国だったウクライナが核を放棄したのは過ちだったという主張があった。しかし「ウクライナの核放棄」というのはどのように行われたかを検討すれば、その見方は誤りだったことが分かる。まずウクライナは1991年まではソ連を構成する一共和国であり、領内にあった核はソ連が管理していた。そのソ連が解体する前の1991年7月31日、米ソ間で戦略兵器削減条約(第1次)(START・Ⅰが)締結されており削減が予定され、批准を待つ状態だった。ところが12月にソ連が解体したため、核兵器はロシア・ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンに分配され、その処置をどうするかが問題として残った。1994年にアメリカ・イギリス・ロシア三国がブダペスト覚書に合意し、核兵器をロシアに委譲、各国がNPT条約国となった。この時点でウクライナは核を放棄したことになるが、実態はロシアが管理していたものなので、ロシアに委譲したといえる。またウクライナにとってはクリミア半島を含む主権国家としての存在を、米英などから経済的支援を受けることで保障された形になっている。
従って、ウクライナが核を放棄した事情は、自ら核を放棄したというより、核を保有できる状況ではなかったと言わなければならない。
ロシアのウクライナ侵攻は、国連の常任理事国であり、しかもNPT条約で核保有が認められている大国であるロシアが、核の恫喝を背景に、隣接する主権国家を侵略したことであり、冷戦終結後の最大の世界平和の危機をもたらし、核兵器が使用されれば、第三次世界大戦につながるであろうと、受け止められた。アメリカのバイデン政権はNATO軍との協力を強め、ウクライナへの軍事支援を行ったが、核兵器を使用することはなかった。しかしウクライナ戦争は長期化し、2025年1月からアメリカはバイデン政権からトランプ第2次政権に移ったため、アメリカ軍のウクライナ支援にかげりが見え始め、平和は見通せない。
このトランプ政権の軍事行動は、国際法とアメリカ合衆国憲法などにてらして正当性はあるのか、今後検証されることになると思われる。<2025/6/30記>
オバマ政権
2009年1月にアメリカ大統領となったバラク=オバマは、4月5日、プラハ演説で「核なき世界」をめざすことを提唱し、オバマ政権はそれを具体化するプロセスとして2010年4月6日に「核戦略の見直し」NPR(Nuclear Posture Review)を公表し5~10年の指針とするとした。オバマ政権のNPR オバマ政権が2010年に打ち出したNPR(核戦略の見直し)の要点は次のようなものであった。
- アメリカは核不拡散条約(NPT)を順守する非核保有国に対しては核攻撃をしない。
- 安全で効果的な核戦力を維持し、新たな核弾頭開発はしない。冷戦期の核弾頭搭載型巡航ミサイル・トマホーク(TLAM-N)は退役させる。
- 大陸間弾道ミサイル(ICBM)・戦略爆撃機・潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の核戦力三本柱は「維持すべきである。」(詳細は略)
- 同盟国に対する「核の傘」の提供については「アメリカの拡大抑止の信頼性や有効性を確かなものにするため」同盟国と協議する。
新STARTの締結 この指針を打ち出した後、同2010年4月8日、ロシアとの間で新START(新戦略兵器削減条約)締結した。
しかし、新STARTは議会で共和党の反対により批准(3分の2以上の賛成が必要)が困難であった。オバマ政権は共和党保守派・軍と協議を重ね(交渉にあたったのが上院議員バイデンだった)、軍の要求である30年間で1兆ドル以上となる「核兵器の近代化計画」を認めることによって、新START批准をとりつけたのだった。
核の先行不使用宣言の頓挫 オバマ大統領は「核なき世界」の実現をあきらめず、2013年にはベルリンで演説し、新STARTを上回るICBMの削減、さらに欧州に配備する非戦略核(より小規模な戦術核)の大幅削減も提唱した。しかし、翌2014年にはロシアのプーチン政権はウクライナ南部のクリミア半島の併合を強行し、戦術核の使用もほのめかすなど、現実はより厳しくなった。
オバマ大統領はまた、核攻撃を受けない限り核兵器を使わない、とする「先行不使用」宣言の検討に入った。しかし国防省や国防総省は、同盟国からの懸念が示されたことを理由に反対した。実際「核の傘」の下にいる日本政府高官から、p強い懸念が示されていたが、アメリカが先制不使用を宣言することで中国・北朝鮮が先制攻撃しやすくなり、アメリカが守ってくれないなら自国で核戦力を持つという動きに向かうことを恐れたのだった。
オバマの広島訪問 オバマ大統領は任期終了間近になった2016年5月27日、現職のアメリカ大統領として初めて被爆地の広島を訪問した。平和記念館を見学し原爆死没者慰霊塔に献花、被爆者とも面会した。その時の演説で「私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければならない」と述べた上で、「私の生きている間に、この目標は実現できないかもしれない。しかし、たゆまぬ努力によって、悲劇が起きる可能性は減らすことができる。私たちは核の根絶につながる道筋を示すことができる」と語った。
(引用)就任した年のプラハ演説で、「核兵器のない世界」という目標を表明したオバマ氏は一方で、巨額の予算を投じて核兵器の近代化計画を始め、核軍縮は思うように進まなかった。そうしたなかで、任期最後に近い広島訪問は、その目標や理念を国内外に強く印象づける狙いがあった。<渡邉丘『ルポ アメリカの核戦力――「核なき世界」はなぜ実現しないのか』2022 岩波新書 p.95>
トランプ政権(第1次)
2017年1月に就任したトランプ大統領は、2015年にオバマ政権が成立させたイラン核合意を18年5月8日に離脱した。イランは核合意に基づいてIAEIの査察を受け入れ、核開発はあくまで平和利用であると主張していたが、トランプ政権は国内保守派の親イスラエル感情を考慮し、イランの軍事目的の核開発が疑われると主張した。アメリカ・イラン関係は緊張し、アメリカはICBMの発射実験を公開して圧力を加えた。<p.98>トランプ政権の核戦略は、オバマ政権の「核無き世界」は空論として否定し、「力による平和の維持」、「平和と安定を守るための戦略の基礎」としての核兵器として位置づけ、核戦力の増強に意欲的だった。2018年2月に発表した「核態勢見直し」(NPR)では、核兵器の使用条件を緩め、柔軟な対応(非核攻撃への報復も核兵器で行う)としたうえで、「アメリカの核兵器は同盟国を通常兵器や核の脅威から守るだけでなく、(同盟国が)核兵器を開発する必要性をなくさせ、国際安全保障を促進する」と記述した。さらに地域的な侵攻に対する抑止力として「使いやすい」低出力の核弾頭(戦術核)の開発を表明した。
トランプ大統領は2018年10月にロシアが中距離核戦力(INF)全廃条約に違反し、射程500~5500キロの地上発射型ミサイルを開発しているとして離脱を表明し、19年2月に通告、条約の規定した6ヶ月後の2019年8月1日に失効した。その狙いは、INF全廃条約に縛られていない中国が中距離弾道ミサイル開発を進めていたので、中国を「大国間競争」の相手とすることだった。そのため、ロシアにも中国も負けない「世界最強の核戦力」をもたなければならない、というのが使命であると表明した<p.112->。その姿勢からはロシアとの新START(新戦略兵器削減条約)は「悪い取引だ」ということになり、延長を否定した。そのため延長交渉は難航したが、次のバイデン政権の登場で息を吹き返した。
核兵器禁止条約はトランプ在任中の2020年10月に、批准国・地域が50に達し、90日後の発効が決まったが、トランプ政権の国務省報道官は「核禁条約は解決にならない」とコメントした。理由はアメリカの抑止力を損なう、現在の安全保障上の課題を考慮していない、世界の核不拡散や軍縮の中心にあるNPTを損なう、などであった。<p.142>
バイデン政権
2021年1月20日に就任したバイデン政権は核戦略においてもオバマ政権の継承をかかげた。大統領選挙前には、原爆投下から75年を迎えたことをうけて「広島・長崎の恐怖が二度と繰り返されないために、核兵器のない世界に近づくよう取り組む」とする声明を発表している<p.129>。しかし、同時にオバマ政権が約束した「核兵器の近代化計画」も継続した。政権内部には、核兵器の近代化による事実上の軍拡に反対するグループと、ロシア・中国に対する抑止力を重視しするグループが併存していた。また軍縮によって核兵器が削減されることには巨大な軍事産業が強く反対するロビー活動を続けていた。ウクライナ戦争の勃発
2022年2月24日、ロシア連邦のプーチン大統領がウクライナに侵攻に侵攻、戦争が勃発した。プーチン大統領は「特別軍事行動」と規定して戦争ではないと強弁しながら、「我々は世界最強の核大国だ」と明言して、、他国の介入にたいしては核兵器を使うことを辞さないという「核の恫喝」をおこなった。これは1962年のキューバ危機以来の核戦争の危機として世界を驚愕させた。 ロシアは核を搭載できる短距離弾道ミサイル「イスカンデル」を持ち、広島型原爆に匹敵する威力があり、もしも人口密集地に撃ち込まれれば、被害者は激増すると予想された。ロシアが核兵器を使用し、米欧が参戦して米ロ間に核戦争が起こった場合、アメリカのプリンストン大学の2019年の試算によれば数時間で9000万人以上が死傷するとされていた。<p.147>核共有。拡大抑止の動き
ロシアのウクライナ侵攻は、NATO加盟国に衝撃を与えたが、ロシア側が非難したようにすでに着々とアメリカの核兵器を共有する「核共有」のシステムを構築していた。核共有とは、NAYO加盟国のドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコの五カ国がアメリカと核兵器を共有することで、すでに戦闘機に搭載できる核爆弾B61が計約100発配備されていた。それらはアメリカと共同運用される仕組みになっている。日本国内でも安倍晋三元総理や日本維新の会などが、日本が独自に核武装することはできないので、アメリカと核を「共有」して共同運用することによって、中国・朝鮮のミサイルの脅威に対抗すべきだという声が起こった。2022年5月23日の首脳会談後にバイデン大統領と岸田文雄首相は、核兵器を含むアメリカの戦力で的に日本への攻撃を思いとどまらせる「拡大抑止」を強化することで一致した。<p.147-148>
ウクライナは核武装すべきだった? また、ウクライナが軍事侵攻されたのは、核武装していなかったためである、という議論が直ちに起こった。そのなかで核保有国だったウクライナが核を放棄したのは過ちだったという主張があった。しかし「ウクライナの核放棄」というのはどのように行われたかを検討すれば、その見方は誤りだったことが分かる。まずウクライナは1991年まではソ連を構成する一共和国であり、領内にあった核はソ連が管理していた。そのソ連が解体する前の1991年7月31日、米ソ間で戦略兵器削減条約(第1次)(START・Ⅰが)締結されており削減が予定され、批准を待つ状態だった。ところが12月にソ連が解体したため、核兵器はロシア・ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンに分配され、その処置をどうするかが問題として残った。1994年にアメリカ・イギリス・ロシア三国がブダペスト覚書に合意し、核兵器をロシアに委譲、各国がNPT条約国となった。この時点でウクライナは核を放棄したことになるが、実態はロシアが管理していたものなので、ロシアに委譲したといえる。またウクライナにとってはクリミア半島を含む主権国家としての存在を、米英などから経済的支援を受けることで保障された形になっている。
従って、ウクライナが核を放棄した事情は、自ら核を放棄したというより、核を保有できる状況ではなかったと言わなければならない。
ロシアのウクライナ侵攻は、国連の常任理事国であり、しかもNPT条約で核保有が認められている大国であるロシアが、核の恫喝を背景に、隣接する主権国家を侵略したことであり、冷戦終結後の最大の世界平和の危機をもたらし、核兵器が使用されれば、第三次世界大戦につながるであろうと、受け止められた。アメリカのバイデン政権はNATO軍との協力を強め、ウクライナへの軍事支援を行ったが、核兵器を使用することはなかった。しかしウクライナ戦争は長期化し、2025年1月からアメリカはバイデン政権からトランプ第2次政権に移ったため、アメリカ軍のウクライナ支援にかげりが見え始め、平和は見通せない。
トランプ政権下、アメリカ軍のイラン攻撃
2025年6月13日にイスラエルがイランの核施設を空爆し、親イスラエルを標榜するトランプ政権が2025年6月22日にイラン核施設をバンカーバスターで直接攻撃した。イランの反撃が予測されたが、最高指導者ハメネイの動向がつかめぬまま、大統領が停戦に応じ、戦闘は短期間で終わった。このトランプ政権の軍事行動は、国際法とアメリカ合衆国憲法などにてらして正当性はあるのか、今後検証されることになると思われる。<2025/6/30記>