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第1回三頭政治

前1世紀、共和政ローマ末期の前60年~前49年、カエサル・ポンペイウス・クラッススによる寡頭政治。有力な三者による私的な政治同盟であったが、カエサル・ポンペイウスの対立で瓦解した。

 前60年、カエサルポンペイウスクラッススの有力三者が、争いを止め、協力態勢をとった政治同盟のこと。元老院の合議制というローマ共和政の原則の前に、完全な独裁権を実現できず、有力者が私的な盟約を結び、元老院に対抗しようとしたもの。カエサルは将軍、ポンペイウスは軍人で政治家、クラッススは富豪として、それぞれ人気があったが、まだ互いの名声に依存しなければならなかった。また、カエサルはガリア、ポンペイウスはスペイン、クラッススはシリアというそれぞれの勢力圏を持っていた。前53年のクラッススの戦死をきっかけに、カエサル・ポンペイウス間に亀裂が入り、前49年解体する。

参考 第1回三頭政治という呼称

 この三者による政治同盟は、当時は「三頭政治」といわれたわけではない。それに対して、前43年~前32年のアントニウス・オクタヴィアヌス・レピドゥスの三人による共同統治は第2回三頭政治といわれているが、こちらは当時も公認のものであった。それに先行する三人の有力者による政治を後に「第1回三頭政治」とよぶようになった。
 三頭政治は、呼称が私的なものか公式なものかはさておいて、いずれも元老院に対抗するため、有力者がやむなく妥協した政治的同盟(本来は一致できないのに、他の目的から表面的に妥協した野合といわれても仕方がない)であり、ローマ共和政からローマ帝国へと移行する内乱の1世紀といわれた過程で生まれた、例外的で特異な政治形態であって恒常的なものではなかった。
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ノートの参照
第1章3節 ウ.内乱の一世紀