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楽浪郡

漢の武帝が朝鮮半島に置いた直轄地。

衛氏朝鮮を滅ぼした漢の武帝は、前108年その地に郡県制をしいて直接統治を行った。そのときおかれたのが楽浪郡、玄菟郡、臨屯郡、真番郡の四郡であるが、朝鮮人の抵抗もあって、四郡を楽浪郡と玄菟郡の二郡に縮小せざるを得なかった。その後、楽浪郡が朝鮮半島支配の拠点として存続する。前2世紀の末、漢の支配が朝鮮半島に及んだことは、当時弥生時代で農耕が始まり、国家の形成の段階に入っていた日本列島に大きな影響を与えた。『漢書』地理志に、「楽浪の海中に倭人あり、分かれて百余国となる。歳時を以て来たり献見す」とあるのが日本人が中国の史書に現れる最初である。3世紀の初め、遼東で独立政権となった公孫氏が、南半分を支配して帯方郡としたが、313年に北方に起こった高句麗に滅ぼされた。
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ノートの参照
第2章3節 キ.漢代の政治