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百済

朝鮮の三国時代の国家の一つ。半島南西部にあった。

 345年頃、朝鮮の三韓のひとつ、弁韓の地の50余国を伯済(はくさい)が統一した。高句麗新羅とともに朝鮮の三国時代を形成。都は漢城(当時は慰礼城。現在のソウル)。後に熊津、さらに扶余に移した。南朝のを通して仏教を取り入れ、聖王(日本書紀では聖明王)などが保護、日本への仏教伝来は百済を通じてであった。高句麗・新羅に圧迫されたので倭国(日本)とは協力関係にあった。660年に百済が滅亡後、日本は救援軍を送ったが、663年白村江の戦いで唐・新羅連合軍に敗れた。その後、百済から日本への多数の渡来人が移住し、日本の文明形成に大きな役割を果たした。
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3章2節 オ.周辺諸国の形成