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建業/建康

建業は呉の都。東晋の都となり建康と改称され、その後の南朝諸王朝の都となる。現在の南京で江南の中心都市。

 建業は長江下流の江南地方にあり、三国時代にはの都となり、次いで永嘉の乱(西晋)が滅んだ後、司馬睿が317年にこの地を建康と改称して都とし東晋を建国した。

東晋・南朝の都、建康

 三国時代の呉の都であった建業に入った司馬氏が建康と改名して東晋の都とした。次のと続く南朝の都として続き、漢人の貴族文化である六朝文化がこの地で展開された。  梁の末期に起こった侯景の乱で荒らされ、さらに陳がによって滅ぼされたときに都城は破壊され、地名も江寧と改めらた。隋は都を長安の近郊の大興城に遷したので、建康は地方の一小都市となってしまった。後にの首都として復興し、南京と言われるようになる。
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ノートの参照
第3章1節 イ.分裂の時代