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不平等条約の撤廃(中国)

不平等条約のうち残る治外法権の撤廃は、1943年、欧米祖国は蔣介石政権に対し、日本は汪兆銘政権に対し約束した。それによって中国の不平等条約は撤廃された。

 不平等条約の改正問題は、中国国民政府が北伐を終了させて中国統一を達成したことをうけて、1930年には関税自主権の回復が実現していた。 残る治外法権の撤廃についても交渉が始まったが、満州事変、日中戦争の勃発のため、中断された。租界の返還についても交渉が行われ、武漢政府は漢口の租界を実力で解放するなど行動に出たためイギリスは反発して上海租界の返還は遅れた。
 第二次世界大戦がアジアに及び、1941年12月に太平洋戦争が始まると、欧米列強は中国の協力を得るため、蔣介石政権に対し1943年1月に共同租界の返還、治外法権の撤廃などを認めた。一方日本は1月9日、汪兆銘の南京政府との間で租界還付および治外法権撤廃に関する日華新協定を調印し、欧米の租界を武力で占領し、同年10月、それを傀儡政権汪兆銘政権へ返還、また治外法権も返還した。<横山宏章『中華民国』中公新書1997 p.157-161 などのよる>
 日中戦争と太平洋戦争での日本の敗北によって、汪兆銘政府は中国では「偽政府」とされ、蒋介石政府の締結した諸条約によって中国の不平等条約問題は解決し、それは次の中華人民共和国に継承されることとなった。
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ノートの参照
第15章5節 エ.ファシズム諸国の敗北