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大陸間弾道ミサイル/ICBM

核弾頭を装備して、相手国を直接攻撃できる戦略兵器。1957年にソ連が実験に成功し、米ソ間の開発競争が始まった。1962年のキューバ危機を契機に、競争緩和の動きが出て、1970年代には戦略兵器制限交渉(SALT)が行われ、1990年代には戦略兵器削減条約(START)が2度に渡って締結された。2010年には新STARTが合意され、現在も延長されて米ソの核軍縮のパイプとなっている。

 核弾頭を装備し、ロケット推進により数千キロにわたる長距離を飛行させ、レーダー装置によって敵の中枢を攻撃する戦略兵器。Inter-continental Ballistic Missile 1957年8月フルシチョフ政権下のソ連が実験に成功、アメリカに大きな衝撃を与えた。アメリカでも開発を急ぎ、核戦争の脅威が強まった。
 広島・長崎への原爆投下は、爆撃機に爆弾を搭載して目的地の上空で爆発させるというものであったが、ICBMは直接敵の中枢を標的にすることができるので、その戦略的意義は格段に強くなった。このような兵器を戦略兵器(Strategic Arms)という。

核戦力の増大

 米ソ両国は核兵器開発競争に追い込まれたが、その際限ない競争は緊張を高めた。兵器の開発はロケット技術と結びついて1957・58年のソ連、アメリカによる人工衛星打ち上げに始まる宇宙開発競争をも激化させた。宇宙開発競争と共に進展した長距離ミサイルの開発は、米ソが互いに相手国を直接攻撃することを可能にしたが、先制攻撃に対する反撃のために、相手国よりも常に数を上回る核爆弾とそれを敵国にはこぶミサイルが必要となり、競争は果てしなくなる。そしていったん始まれば、米ソが互いに破壊され尽くすし、世界中に核汚染が広がり、人類は死滅するのではないか・・・という深刻な恐怖が広がった。
 核戦争が現実の脅威となったのが1962年キューバ危機であった。ソ連のフルシチョフ政権がキューバにミサイルを配備したことに対してアメリカのケネディ大統領が艦隊を派遣、キューバを包囲し、核攻撃を決意した。核戦争の一歩前まで行ったが、最終的には核のボタンは押されなかった。このキューバ危機は米ソ首脳に核開発の制限を共同歩調で行う必要を意識させた。1968年にはその前提としてすでに核保有国となった五カ国以上に核が拡散しないようにするため、国際連合総会で核拡散防止条約を成立させた。

戦略兵器制限交渉(SALT)

 米ソ両国は1969年に二カ国交渉として戦略兵器制限交渉(第1次)(SALTⅠ)を開始、1972年5月にニクソン・ブレジネフ間で合意した。これは核弾頭の移動手段であるICBM、SLBM(潜水艦発射ミサイル)の現状を維持する合意であり、軍縮条約ではなかった。1970年代には緊張緩和(デタント)が進展し、1973年には核戦争防止協定を締結、同年には戦略兵器制限交渉(第2次)(SALTⅡ)を開始した。第2次交渉は1979年にアメリカのカーター・ソ連のブレジネフの間で合意し、条約が調印されたが、直後にソ連がアフガニスタン侵攻を行ったため、アメリカ議会が条約の批准を否決したため成立しなかった。

戦略兵器削減条約(START)

 1980年代に入るとアメリカのレーガン政権とソ連のブレジネフ政権は関係を悪化させ、新冷戦と言われる状況となり、1983年から戦略兵器削減交渉(第1次)(STARTⅠ)が始まっていたが交渉は難航した。しかし東西が直接対峙するヨーロッパでICBMよりも飛行距離が短く、また固定型ではなく移動型(トラックなど)の発射装置をもつ中距離核戦力(INF)が配備されるようになると、ヨーロッパで核戦争に対する危機意識が強まり、米ソも動かされて1987年中距離核戦力(INF)全廃条約が締結された。ソ連でゴルバチョフが成立し柔軟な外交姿勢をとるようになっていたこと、レーガンもアメリカ経済の悪化から強硬姿勢をとれなくなっていたことが背景にあった。ミサイルなどの削減を実施されることになった背景には、いずれの国においても核兵器開発が経済に大きな犠牲を強いており、経済の成長を阻害する要因となっていたことがあった。
 米ソ間の戦略兵器削減条約(第1次)は1991年に合意に達し成立した。続いてソ連が崩壊するという変化が生じ、第1次条約の批准は遅れたが、それとは別に当事国がアメリカとロシアに変わって戦略兵器削減条約(第2次)(STARTⅡ)が行われ、1993年1月3日、アメリカのブッシュ(父)とロシアのエリツィンの両大統領によって署名され戦略兵器削減条約(第2次)が締結された。両国はさらにSTARTⅢに進み、双方の戦略核弾頭を2007年までに2000~2500までに削減する目標を立て交渉を行うこととなった。
 戦略兵器の削減をさらに進めるためのSTARTⅢは、アメリカのブッシュ政権がミサイル政策として弾道ミサイル防衛(BMD)構想を打ち出し、防衛システムの中心を大陸間弾道ミサイル(ICBM)から航空機や潜水艦などの移動手段によってより柔軟に核戦力を利用する手法に転換したことにより停滞した。その背景には、ロシアだけでなく中国や北朝鮮が核武装し、核戦争の危機が拡散したことが考えられる。そのためSRARTⅢ交渉は実際に進展せず、消滅した。
 アメリカは1996年に国連総会で可決された包括的核実験禁止条約(CTBT)に対しても議会での承認を得ておらず、条約に参加していない。核兵器削減においてもユニラテラリズム(単独行動、孤立主義)の傾向が強くなった。

新START交渉

 2009年1月にアメリカ大統領となったバラク=オバマは、4月5日、チェコのプラハで演説し「核なき世界」をめざすことを提唱し、10月にはノーベル平和賞が与えられた。オバマ政権のもとで、ロシアとの新たな戦略核兵器削減交渉(新START)が開始され、2010年4月8日、米ロ首脳がプラハで署名し、両国の議会批准が12月までに終わり、新START(米ロ核軍縮条約)が発効することとなった。それによると、2017年までに、戦略核兵器として、核弾頭は双方とも上限1550発まで(2009年の現状はアメリカ5576発、ロシア3909発)、その運搬手段である大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、戦略爆撃機をそれぞれ800まで削減することとなった。
 しかし2017年、トランプ政権に代わるとアメリカは方針を転換、2019年8月1日中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱し、さらに2021年2月に期限を迎える新STARTの延長にも難色を示した。結局、新STARTは期限切れ直前の2021年2月3日に5年間の延長で合意され、2026年2月まで交渉がされることになったが、2022年にロシアのプーチン政権がウクライナに侵攻したため、さらに困難な状況となっている。
行われている相互査察 新戦略兵器削減条約(新START)は現在も効力を持ち、条約に基づいて相互の査察が年に数回行われており、アメリカのミサイル施設のリスト・地図はロシアの査察官に渡され、査察官の訪問を受けている。核戦力の透明化に向けた信頼醸成措置は依然として採られており、アメリカ空軍のICBM部隊幹部も査察について「アメリカ軍の使用手順や任務内容を理解させることで、悲劇的な結末を招く誤解や誤信を防ぎたい」と説明している。<渡邉丘『ルポ アメリカの核戦力――「核なき世界」はなぜ実現しないのか』2022 岩波新書 p.5>

現代アメリカの核戦略

 現在のアメリカは、核戦力の三本柱(トライアド)は、ICBM、戦略爆撃機、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)であるとされている。これらは射程が長く、敵本土を攻撃し、戦争をできなくするための「戦略核」と位置づけられている。それに対して、射程や威力が限定的で、戦場での使用が想定されているのが「戦術核」である。<渡邉丘『同上書』p.2>
 従来の核軍縮は「戦略核」=「戦略兵器」についてであったが、現在は、特にウクライナ戦争以降、戦場において限定的な核兵器の使用、つまり「戦術核」が使用されるのではないか、という点が強く危惧されている。また、ICBMなどの従来の「戦略核」も冷戦当初の1950年代から70年以上経て老朽化が問題になっており、新しい技術に対応させていかに改良、リニューアルしていくかが米ソにとって共に課題となっている。また、それらの戦略兵器を扱う部隊・軍人もどんどん世代交代しており、技術の劣化、緊張感の希薄化が心配されている。詳しくはアメリカの核戦力の実際を取材した<渡邉丘『ルポ アメリカの核戦力――「核なき世界」はなぜ実現しないのか』2022 岩波新書>を一読願いたいが、そこから得られたミサイルに関するポイントをいくつか紹介しよう。
ICBM
  • 核ミサイル発射手順:アメリカにはICBMは、450ヵ所の発射施設があり、うち400ヵ所にICBMが格納され、1基につき1発ずつ核弾頭が搭載されている。それらは10基ずつコントロールされ、全米に45ヵ所の「ミサイル発射管理センター」でコントロールされている。発射施設ではミサイラーと呼ばれる空軍兵士が二人一組、24時間交替で臨戦態勢を敷いている。爆発が起きても残存できるように発射施設同士は5km以上離れている。大統領が核兵器の使用を命じると、アメリカ軍の戦略軍司令官(ネブラスカ州)から直接発射管理センターに指示され、決定がが下されれば当直の兵士が命令に従い発射しなければならない。発射スイッチを入れるまでに誤操作をさけるための段取りが決められている。
  • ICBMによる抑止力の考え方:アメリアはICBM発射施設以外に、戦略爆撃機、戦略原子力潜水艦もふくめて常時500発の核弾頭を発射できる。敵が500カ所を同時攻撃することは不可能。敵の先制攻撃に対しては、探知すれば着弾する前に報復攻撃する「警報即発射」態勢がとられている。
  • ICBMの老朽化:司令官にインタビューすると「核ミサイルも、発射に関わる施設も老朽化しているのが現実である」「定期的なメンテナンスと発射実験が欠かせない。核兵器近代化計画が必要だが、敵はそれまで待ってくれないだろう」と答えた。発射実験は定期的にミサイルを選び、模擬弾頭を付けて、太平洋のマーシャル諸島に向けて行っている。
  • ミサイル特需を期待する所在地;ICBM発射施設のあるモンタナ州グレートフォールズ市の市民の多くは基地に隣接していることに不安を感じていない。6万弱の市民のうち4000人が基地従業員で、国防総省から手厚い補助金がだされている。新型ICBMを受注する軍事企業ノースロップ・グラマンの担当者が経済効果を説明している。市長は「核兵器の近代化」による経済効果はチャンスだ、と答えた。市民の中にもミサイル反対派が少数いるが、安全性への危惧や戦争そのものへの批判は例外的だった。

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