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イオニアの反乱

ミレトスなど小アジアのギリシア人植民都市のペルシアへの反抗。ペルシア戦争の導因となる。

前500~494年、イオニア地方のギリシア人植民都市がペルシア帝国に対して起こした反乱。続くペルシア戦争の導因となった。イオニア地方は小アジアの西岸で、早くからギリシア人が移住してミレトスなどの植民市を建設していた。エーゲ海に面し、また黒海方面へのルート上にあって商業が発達していた。イランに起こったアケメネス朝ペルシアは前6世紀中頃までに小アジアを、さらに前525年にはエジプトまで進出した。イオニア地方のギリシア人都市もペルシア帝国の支配下に入り、自治は認められたが貿易は制限されるなど厳しい干渉を受けた。ペルシア帝国のダレイオス1世からスキタイ遠征への出兵を強要されたイオニア諸都市は反発を強め、前499年にミレトスを中心にしてペルシア帝国に対する反乱を起こした。支援を要請されたアテネは援軍を送ったが、前494年、ミレトスが陥落して反乱は鎮圧された。ダレイオス1世はアテネがイオニアの反乱を支援したことに対し、その報復を口実に出兵を計画、前492年からギリシア遠征軍の派遣を開始、ペルシア戦争の勃発となる。
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第1章2節 キ.ペルシア戦争とアテネ民主政
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