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元の文化

元代の文化の特徴のまとめ。

 の時代は、中国文化史の上では、モンゴル人の支配する征服王朝のもとでの特異な時代であり、東西交流の活発化から新たな展開も顕著であった。中国固有の文化は衰退はしたがけして否定されたわけではないこと、むしろ宋の文化を継承して庶民文化が発達したことに注意する必要がある。要点をまとめると次のようになろう。

(1)儒教の停滞

 儒学・儒教は元朝のもとでは科挙が停止されたために(末期に復活したが)衰え、それを支えていた士大夫階級の地位も低下した。つまり、唐以来の貴族文化は衰退し、かわって庶民的な文化が発展する背景となった。南宋の文人画の伝統は、趙孟頫によって復興され、科挙による栄達の道を閉ざされた南人の間で継承されて元末四大家が現れた。

(2)庶民文化の発展

 宋時代に芽生えた庶民文化は、元曲の流行などにみられるように元代で大いに発展した。特に都の大都の都市文化は東西交流の影響も受けて華やかだった。

(3)チベット仏教の保護

 元朝は宗教に対しては寛容で、朝廷ではチベット仏教が信仰され、多くの造寺が行われたが、中国固有の道教では全真教が発展し、仏教も認められていた。またゾロアスター教や景教も元代には復興し、色目人を通じてイスラーム教(清真教)も盛んだった。

(4)東西交流の進展

 ローマ教皇の使節や、ベネチアの商人マルコポーロの来朝、さらにイスラーム教徒の商人やイヴン=バットゥータの来訪など、モンゴル帝国のユーラシア支配のもとで東西交流が活発だった。イスラーム暦の影響を受けた授時暦がつくられたのがその例である。また、中国の絵画はモンゴル帝国内広がり、イスラーム圏での細密画(ミニアチュール)の発達を促した。また、イスラーム圏から、コバルト顔料がもたらされたことによって、陶磁器においては宋代の青磁・白磁に加え、元代に染付が現れ、それは次の明代に受けつがれて景徳鎮を中心に大量に製造され、中国を代表する輸出品として西アジアにももたらされた。
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ノートの参照
第6章3節 イ.元の東アジア支配