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グローバリゼーション

世界規模で社会的相互依存と交流が創出された現代において見られる人々の認識。経済分野、政治分野、文化の分野などで多元的に現れている。特に1970年代以降に顕著になった。

 グローバリゼーションを定義つけるは困難であるが、その一例として次のようなものがある。
(引用)グローバリゼーションとは、世界規模の社会的な相互依存と交流を創出し、増殖し、拡大し、強化すると同時に、ローカルな出来事と遠隔地の出来事との連関が深まっているという人々の認識の高まりを促進する、一連の多次元的な社会的過程を意味する。<マンフレッド・B・スティーガー/桜井公人他訳『グローバリゼーション』2005 岩波書店 p.17">
 これは2005年に「一冊でわかる」シリーズで発刊されたもので、2010年に出版された「新版」では次のように簡潔なフレーズになっている。
(引用)グローバリゼーションとは、世界時間と世界空間を横断した社会関係および意識の拡大・強化を意味する。<マンフレッド・B・スティーガー/桜井公人他訳『新版グローバリゼーション』2010 岩波書店 p.19-20">
 ここからさらに10年以上経過した現在では、中国などに代表されるグローバルサウスの台頭が顕著になったという事情の変化は起きているとは言え、一つに定義としては生きているだろう。
 スティーガーは、いくつかの定義を検討した上で、上記の一文にまとめているが、さらにグローバリゼーションの4つの「特質=性格」として、次のような項目を加えている(いずれも新版の表現による)。
  1. グローバリゼーションは、伝統的な政治的・経済的・文化的・地理的な境界を横断する新たな社会的ネットワークや社会的活動の創出と、既存のそれらの増殖とをともなっている。
  2. グローバリゼーションは、社会的な関係、行動、相互依存の拡大と伸長に反映されている。それは今日の金融市場の広がり、テロリストのネットワークだけでなくNGO,営利企業、・・・などにみられる。
  3. グローバルゼーションは社会的な交流と活動の強化と加速をともなう。それはインターネットの発達、衛星放送の提供にみられ、グローバリゼーションとローカリゼーションが逆の過程でなく、互いに含意している。
  4. グローバリゼーションの諸過程は、単に客観的・物質的なレベルだけで生起しているのではなく、人間の意識という主観的な局面をともなっている。それは共同体というマクロ的諸構造と、人間の個性というミクロ的諸構造の両方に影響を及ぼし、新しい個人的・集合的アイデンティティの創出を促進する。
グローバリゼーションがいつから始まった現象か グローバリゼーション批判者、ないし懐疑派は現代のグローバリゼーションは「新しい」わけではなく、その概念は歴史的なものではない、との主張もある。しかし、前に示したようにグローバリゼーションが「人々の認識の過程」であるとすれば、それは動態的にならざるを得ない。世界規模で相互依存が増し、グローバルな結びつきが深まったのは、たしかにコンピュータや超音速ジェット機などの親補に依るが、それを開発した技術者は、蒸気機関、電信、写真、などを開発した成果を土台としており、これらの成果は望遠鏡、羅針盤、水車、風車、火薬、印刷機などといったそれ以前の技術的発明に負っている。さらにその前の紙の生産から書字の発展、車輪の発明、野生動植物の栽培・飼育、言語の出現、そしてついには人類の進化のはじめ、アフリカからの移動を開始したことへと記録を遡ることになる。こうしてみると、グローバリゼーションが新しい現象であるのかどうか、という問いの答えは、多くの人がこのグロバリゼーションという流行語から連想する最近のテクノロジーや社会的構造につながる因果連鎖を、どこまで拡張するかにかかっている。

1970年代のグローバリゼーション

 しかし顕著なのは1970年代初め以降に生じた世界大の相互依存と交流の劇的な創出拡大、そのペースの加速は、グローバリゼーションの歴史において、もう一段階大きな飛躍が生じた。そこで起こったグローバリゼーションは「善い」ものだったのか、「悪い」ものだったのか、を考える手がかりとして、それが次にあげる多元的な動きであったことを示すことで、巨大な「象」をあちこちから触って全体を識別できなくなる今までの学者の失態を回復できるだろう。

①経済的次元

 現代の経済的グローバリゼーションのはじまりは第二次世界大戦の終結に近い頃、アメリカ・ニューイングランド州のひなびた街で開催されたブレトン=ウッズ会議に遡る。ブレトンウッズ会議は、国際通貨基金(IMF)・国際復興開発銀行(IBRD、後に世界銀行として知られる)・関税と貿易に関する一般協定(GATT)の三つを生み出した。そのうちGATTは1995年に世界貿易機関(WTO)となった。ほぼ30年にわたるブレトンウッズ体制は、一部で「統制された資本主義の黄金時代」ともいわれ、国際的資本移動を国家が統制するするという仕組みが完全雇用と福祉国家の拡大を可能にし、賃金上昇と社会サービスの増加が北世界の富裕諸国に一時的な階級間の妥協を保障した。
 しかしながら1970年代初頭にブレトン=ウッズ体制は崩壊した。世界の根底的な政治変動がアメリカに拠点を置く産業の競争力を掘り崩し、大統領ニクソンはそれに反応して1971年に金本位の固定為替相場制度を停止した。その後の10年間はグローバルな経済的不安定を特徴とし、高インフレ率、低い経済成長率、高い失業率、政府部門の赤字、そして世界の石油供給の大部分を統制できたOPECが引きおこした過去に例がない二度のエネルギー危機という形で現れた。統制された資本主義モデルを推進していた政治勢力は、「新自由主義」アプローチを唱える保守的政党に選挙で敗れた。1980年代にサッチャー首相やレーガン大統領はケインズ主義に対抗する新自由主義的革命を先導し、グローバリゼーションという考えを意識的に世界中の経済「自由化」と結びつけた。これら新自由主義の新しい経済秩序は、1989~91年のソ連の解体と東欧の共産主義の崩壊で正当化された。それ以降に次の3つの発展があった。
  1. 貿易と金融の国際化:たしかに1947年には570億ドルだった世界貿易の総額は1990年代後半に6兆ドルと驚異的に増大した。しかし、自由貿易が生み出し利益が国内、国家間で公正に分配されたか、は明白ではない。たいていの研究は富裕国と貧困国の格差が急激に拡大していることを明らかにしている。また貿易の国際化は金融取引の自由化とともに進行し、金利の自由化、信用統制の撤廃、金融機関の民営化を伴い、金融業の各部門間の可動性を高めた。グローバルな金融取引に関わるマネーの大部分は、生産的投資とは関係の無い、高リスクの「ヘッジファンド」の売買に流れた。「換言すると、投資家は現に存在しているわけではない商品や為替相場を対象に賭けを行っているのである。」1990年代の東南アジア危機(アジア通貨危機)はそうして起こった。
  2. 多国籍企業のパワーの増大:ゼネラル・モータース、ウォルマート、エクソンモービル、三菱、シーメンスなど北アメリカ・ヨーロッパ・日本・韓国に本社を置く企業がグローバルな規模で製品を生産、流通、販売し、しかも労働市場の規制緩和によって、世界貿易の70%以上を占めている。
  3. IMF、世界銀行、WTOのような国際経済機関の役割の増大:1970年代以降、特にソ連崩壊以降、IMFと世界銀行の経済的議題(アジェンダ)が世界中の市場を統合し規制緩和するという新自由主義的な利害とつながりをもってきた。1990年代に発展途上国(債務国)に要求された「構造調整プログラム」はしばしば「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれており、財政規律の回復、公共事業の削減、民営化、規制緩和などを要求した。しかしこの「開発融資」は多くが権威主義的政治指導者の私腹を肥やし、北側諸国の企業に利益をもたらすおわった。これらh構造調整プログラムが社会事業の削減、教育機会の縮小、環境汚染などを引きおこし、多数の人々の貧困を拡大させる結果となったからだった。IMF・世界銀行の融資も、債務利子の返済に充てるのではなく、包括的な債務帳消しという新政策を検討するようになっている。

②政治的次元

 近代はウェストファリア条約で成立した主権国家体制の下で、国民国家が主体であったが、グローバリゼーションは、1990年、湾岸戦争の開戦の際のアメリカ合衆国大統領ジョージ・H・W・ブッシュの「新世界秩序」の誕生とウェストファリア・モデルの事実上の死の宣言をもたらした。しかし、国家の伝統的機能の一部が遂行しづらくなっていることはたしかだとはいえ、国民国家が終焉が差し迫っているわけではない。
 グローバリゼーションは従来からの国内政策と外交政策との境界を曖昧にする一方で、超領域的な社会空間や社会制度の成長を促しており、伝統的な政治的取り決めの揺らぎにもすながっている。21世紀が始まった時点で、世界は近代国民国家システムからポスト近代的形態のグローバル・ガバナンスへの移行期にある。グローバル・ガバナンスは既存の国連、NATO、WTO、OECDなどから、「グローバン市民社会」ということのできる数千の自発的な非政府結社(国際NGO)によって担われている。<スティーガー『同新版』p.71-81">

③文化的次元

 広範囲にわたる文化の交流は近代の遙か以前からあった。とはいえ、現代の文化的伝播の量と広がりはそれ以前の時代を凌駕している。インターネットその他の新しいテクノロジーの後押しを受けて、私たちの時代を象徴する支配的意味体系は、かつてなかったほど自由に、広範囲に流通している。今日では、文化的実践は町や国家といった固定的な場所をしばしば離脱し、ついにはグローバルに支配するテーマとの相互作用の中で新しい意味を獲得するようになっている。
言語のグローバリゼーション グローバリゼーションの広がりによって、一部の言語が国際的なコミュニケーションでいっそう多く使われるようになり、一方で使用者の減少により消滅する言語もある。確かに、英語の重要性が高まっており、それは16世紀のイギリス植民地主義の出現まで遡る。その当時、英語を母語とする人口はおよそ700万人に過ぎなかったが、1990年代には3.5億人に膨れ上がった。今日、インターネットに掲示される内容の80%以上が英語である。しかし、それと同時に、世界で話されている言語の数は1500年の1万4500言語から2007年の3000言語以下へと減少した。現行の減少率に鑑みて、21世紀末までに現存する言語の50~90%が消滅すると予測する言語学者もいる。絶滅の危機に瀕しているのは世界の言語だけではない。消費主義的な価値観と物質主義的な生活様式の普及によって、地球の生態系の健全性もまた危険にさらされている。<スティーガー『同新版』p.95-96">

グローバリゼーションのイデオロギー

 「イデオロギーは、広く共有された理念とパターン化された信条からなる強力なシステムであり、社会で影響力のある集団から真理として受容されている」。」今日のグローバリズムには三つのイデオロギー(それぞれがグローバリズムといわれる)が存在し、それぞれが自陣への支持者を獲得しようと世界的に競合している。
市場派グローバリズム グローバリゼーションの概念に自由主義の規範と新自由主義的な意味を与えようとする。現代では支配的イデオロギーになっている。グローバルなパワーエリートには企業経営者、巨大多国籍企業の重役、ジャーナリスト、知識人、タレント、官僚、政治家と多彩である。彼らの主張は、グローバリゼーションとは、市場の自由化とグローバルな統合であり、不可避で非可逆的で、統括するものはおらず、誰にとっても利益があり、世界に民主主義と広める、ものである。(これらの主張に対する著者の批判と見解は、p.117-131に詳細に展開されている。)
正義派グローバリズム 市場派に対抗し、政治的左翼から提唱されている、グローバルな連帯と分配における正義といった平等主義の理念に基づいている。アメリカでは消費者運動のラルフ・ネーダー、人権運動のノーム・チョムスキーがいる。南世界ではメキシコのサパティスタ民族解放戦線、インドのチブコ運動、フィリピンのウォールデン・ベローなどのコミュニタリアン(共同体主義者)、などがいる。2000年代に入り、「世界社会フォーラム」(WSF)が結成され、市場派グローバリストがスイスの他ボスで開催する「世界経済フォーラム」(WEF)に対置されている。正義派グローバリズムの活動は、1994年のNAFTAに対するメキシコのサパティスタの反対運動、1999年11月のシアトルでのWTO反対運動以降、2000年代に活発に展開されている。彼らの掲げる要求は、第三世界の債務を帳消しにするグローバルな「マーシャル=プラン」、国際的金融取引への課税(いわゆる「トービン税」)、タックスヘイブンの廃止、地球環境の厳格な協定、より公平はブローバル開発アジェンダの履行、新しい世界開発機関の創設、国際的な労働基準の確立などである。
聖戦派グローバリズム 市場派、正義派に対抗し、政治的右派から提唱される、世俗主義と消費主義からの攻撃にさらされているイスラムの価値観と信念を守るため、グローバルなイスラム共同体(ウンマ)を動員しようとする。2001年9月11日の同時多発テロに見られる、18世紀のイブン=アブドゥル=ワッハーブに始まるイスラーム復古主義(イスラーム改革運動ともいう)に依拠したビン=ラーディンとその信奉者たちの主張である。それはエジプトとか中東という国家の枠組みから離れたグローバルなイスラム共同体を運動の主体としていた。

グローバリゼーションの未来

 著者マンフレッド・B・スティーガーは、最後に「間違いなく、これからの数年先、数十年先にはさらない試練が待ち受けているであろう。人類はもう一つの重大な局面を迎えている。私たちがグローバルな諸問題を見過ごし、世界の不均等な統合に対する唯一現実的な方策が暴力と不寛容しか残されていない、と言うような事態を招くことを避けるには、グローバリゼーションの将来の進路を改良主義的な課題(アジェンダ)に結びつけなければならない。」とのべ、その来るべきグローバルゼーションの姿として次のようにまとめている。
(引用)グローバリゼーションの帰結として社会の相互依存がより大きく顕在化することは決して悪いことではない。しかしながら、これらの変容促進型(トランスフォーマティヴ)な社会的過程において、私たちは自らの集合的な営為を導く道義的なコンパスと倫理的な指針をもたなくてはならない。それはすなわち、人類の進化の活力源であった文化の多様性を破壊することなく普遍的人権を保護するような、真に民主主義的で平等主義的なグローバル秩序を構築することである。<スティーガー『同新版』p.158">