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ユリアヌス

4世紀、ローマ帝国末期の皇帝。キリスト教を否定して背教者といわれる。

 ローマ帝国の歴史の中でキリスト教が公認された後、ローマの多神教時代の神々への信仰を復活させ、キリスト教を否定したことで有名で、後に「背教者」と言われた。
 373年のコンスタンティヌス大帝の死後、帝位をめぐる争いがまた激しくなり一族の殺し合いが展開されたが、大帝の甥の子であったユリアヌスは生き残り、唯一血を引くものとして副帝となった。ゲルマン人、ペルシアとの戦闘で軍の支持を受け、361年皇帝となる。ユリアヌス帝は、コンスタンティヌス帝の統治を否定するため、そのキリスト教の公認も改め、自らローマの神々への信仰に復帰し、キリスト教否認に転じた。わずか実質2年(361~363年)の在位期間でササン朝ペルシアとの戦いで傷を負い、32歳で死去した。
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第1章3節 ク.迫害から国教化へ