印刷 | 通常画面に戻る |

スラヴ人

印欧語に属する、東ヨーロッパに広がる民族。

 スラヴ民族は、現在東ヨーロッパに広く分布しているスラヴ語系の言語を話す人々。スラヴ語はインド=ヨーロッパ語族の一つである。原住地はよく判らないが、カルパチア山脈の北のヴィスワ川からドニェプル川にかけての一帯で、狩猟・農耕生活を行っていたらしいが、4世紀からのゲルマン民族の大移動に続いて、6世紀以降にバルカン半島やロシアの草原に広がり、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)を脅かす存在となった。7世紀にはブルガリア人(本来はトルコ系で非スラヴ人だがスラヴ人に同化した)のブルガリア王国やチェック人のモラヴィア王国などが人がビザンツ領内に国家を形成し、9世紀にはロシア草原に最初のロシア人(ノルマン系の征服者がスラヴ系民族に同化した)国家ノヴゴロド王国が出現した。10世紀にはポーランド人が建国、東ヨーロッパの強国となっていく。ビザンツ帝国領内に建国したスラヴ系諸民族は、ビザンツと抗争しながらその影響を強く受け、ギリシア正教会を受け入れていく。ロシアもギリシア正教を受容し、ビザンツ滅亡後はその保護者となる。ビザンツの影響の薄かった地域のスラヴ民族はフランク王国を通じてローマ=カトリック教会を受容したが、東ヨーロッパはギリシア正教とローマ=カトリック教会が布教を競う場となった。

Episode Slavesの意味

 スラヴ人は英語で Slavs という。また奴隷を意味する英語は Slaves である。これは955年にドイツのオットー大帝がマジャール人を討った時、その地にいたスラヴ人を捕らえ、多数が奴隷として売られてから、ヨーロッパでは「スラヴ」が「奴隷」と同じ意味に使われるようになったからだ、という。<泉井久之助『ヨーロッパの言語』岩波新書 p.120>

東スラヴ人

 ロシア人・ウクライナ人・ベラルーシ(白ロシア)人。9世紀にスウェーデン系のノルマン人(彼らはルーシと言われた)が移住してきて東スラヴ人と同化してノヴゴロド国、ついでキエフ公国を作った。これがロシアの起源となった。ロシア人など東スラヴ人の多くは、ギリシア正教会を受容した。ビザンツ帝国滅亡後はロシア教会が正教の正統を継承したとしている。

南スラヴ人

 セルビア人クロアティア人スロヴェニア人・マケドニア人・モンテネグロ人・ブルガール人(本来はトルコ系だが南スラヴ人に同化)。このうち、ブルガール人=ブルガリア人以外の南スラヴ人は近代に連邦国家であるユーゴスラヴィア(「南スラヴ人の国」の意味)をつくったが、現在は分裂して個別の国家を作っている。南スラブ人の中のセルビア人はくはギリシア正教会の信者となったが、オスマン帝国の支配がバルカン半島に及んだことによって、イスラーム教徒(ムスリム)となった人々も多い。また、クロアティア・スロヴェニアはフランク王国に接していたので、ローマ=カトリック教会を受け入れ、カトリック信者が多い。

西スラヴ人

 ポーランド人チェック(チェコ)人スロヴァキア・ソルブ人(ドイツ東部の少数民族)・カシューブ人(ポーランドのグダンスク西方に住む少数民族)。西スラヴ人の居住地には、12世紀ごろから西方のドイツ人による東方植民が行われ、ポーランドやチェコにはドイツの領土的野心の対象となっていく。西スラヴ人は西ヨーロッパのローマ=カトリック教会圏と接していたので、その影響を受け、カトリック信者となる人が多かった。
印 刷
印刷画面へ
ノートの参照
第6章2節 ウ.スラヴ人と周辺諸民族の自立