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スパルタクスの反乱

前1世紀の前半、剣奴スパルタクスが起こしたローマ史上最大の奴隷反乱。

前73~71年に起こった、ローマ史上最大の奴隷反乱。スパルタクスに指導された剣奴(剣闘士奴隷)が中心となって起こされた。ローマ共和政は奴隷制を基盤としていたが、大土地所有の進展は奴隷に対する搾取を強め、すでに前2世紀には2度にわたってシチリアの奴隷反乱が起きていた。前1世紀の「内乱の1世紀」といわれる混乱期に起こったのがスパルタクスの反乱。最終的にはポンペイウスクラッススの率いるローマ軍に鎮圧されたが、ローマの社会と政治に大きな衝撃を与えた。

反乱の経緯

:カプアの剣闘士学校では、剣闘士奴隷(剣奴)が、観衆の娯楽のために死ぬ訓練を受けていた。ある日二百人が脱走を企て、七十八人が成功、付近を掠奪し、スパルタカスというトラキア出身の仲間を首領に選ぶ。雄弁で才能豊かなスパルタクスは、イタリア全土の奴隷階級にアッピールを発し、七万を組織、自由と報復に餓える反乱軍団を作り上げ、武器の製造と用法を教え、元老院派遣の鎮圧軍を再三にわたって敗走させる。スパルタクスは勝利に酔わず、アルプスを超えて解散帰郷の方針を立てる。しかし仲間を一本化できずイタリアにとどまる。一時はローマに迫ったが、クラッススがローマ軍全体を指揮して迫ると激突を避け、南進してシチリアに向かい、そこからアフリカへ逃れようとする。クラッススは急追して本隊にせまり、さらにスペインから急行したポンペイウスが叛乱軍の不意をついて急襲。スパルタクスは自ら敵陣に突入して死に、叛乱軍も壊滅した。生き残った叛乱軍七千は捕らえられ、アッピア街道に磔柱が立ち並んだ。<モンタネッリ『ローマの歴史』中公文庫p.192>
※なお、スパルタクスの反乱については、土井正興氏『スパルタクスの蜂起』1973(新版は1988)青木書店 が多くのことを教えてくれる。
 また、スパルタクスの名は、第一次世界大戦の末期、ドイツ革命の蜂起をしたスパルタクス団で復活する。
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ノートの参照
第1章3節 ウ.内乱の一世紀
書籍案内
土井正興著『スパルタクスの蜂起』
土井正興
『新版 スパルタクスの蜂起―古代ローマの奴隷戦争』
1988 青木書店

モンタネッリ
『ローマの歴史』中公文庫
DVD紹介

スパルタカス
S・キューブリック監督 カーク・ダグラス主演