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独立国家共同体/CIS

1991年、ソ連邦崩壊後にロシアなど旧ソ連加盟国で結成した国家の連合体。

 1991年8月のソ連共産党保守派クーデターが失敗した後、同年12月8日、ベラルーシのミンスク郊外のベロベージの森でロシアのエリツィン大統領が中心になってロシア、ウクライナ、ベラルーシのスラヴ系の三共和国首脳が会談し、ソ連の解体と、独立国家共同体の結成を宣言した。さらに12月21日、アルマ=アタ宣言に署名して、ロシア連邦ウクライナベラルーシ中央アジア5ヵ国アルメニアアゼルバイジャンモルドバの11ヶ国(グルジアが93年に加盟し12ヶ国)が参加して正式の発足した。バルト三国を除く旧ソ連邦構成国がすべて加盟する新たな国家連合体となった。CISは Commonwealth of Independent States の略。ソ連とは異なり、各国の独自性の強い、ゆるやかな連合体として作られ、現状ではあまり機能していない。
 中央アジアではウズベキスタンカザフスタンキルギスタジキスタントルクメニスタンの5共和国が分離し、それぞれ主権国家としてCISに加盟した。

ソ連解体後の核の問題

 ソ連邦解体に際し、もっとも懸念されたのが国境問題と核問題であった。ベロベージ会議はちょうどクロアティア独立を巡ってユーゴ内戦が激化しており、旧ソ連も同様な内戦に陥る危険もあった。特にロシアに次ぐ大国であるウクライナは完全独立と国境変更に反対(クリミア半島はフルシチョフ時代にウクライナ共和国に編入されていたのでそれに固執した)、また核兵器にも保有権を主張した。ベロベージ会議ではそれらの点は決着がつかず棚上げされ、ソ連解体と独立国家共同体設置の合意にとどまった。核の分散を警戒したアメリカが各国に積極的に働きかけ、12月のアルマ=アタ宣言では旧ソ連の核兵器はすべてロシアが継承することで合意した。替わりにロシアは領土問題で譲歩し、ウクライナのクリミア半島領有を認めた。

その後の独立国家共同体

 CIS各国はモルドヴァ(現モルドバ)、グルジア、アゼルバイジャン、タジキスタンなどで民族紛争を抱えており、ロシア連邦でもチェチェン紛争が深刻化している。ウクライナでは親ロシア的、強権的な大統領に対し、2005年に大統領選挙の不正が明るみに出て民主化が進められている(オレンジ革命)。
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