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ユダヤ教

ヘブライ人の民族宗教で、後にキリスト教の母体となる。

 ユダヤ民族の持つ民族宗教。ユダヤ人(ヘブライ人、イスラエル人ともいう)は唯一絶対の神ヤハウェのみを信じ、他のいかなる神も存在を認めない一神教を作り上げた。彼らはヤハウェから選ばれた民であり(選民思想)、神から与えられた律法を厳格に守ることによって救済される考える。旧約聖書に物語られている「出エジプト」や「バビロン捕囚」などの民族的苦難から、救世主(メシア)の出現を信じるようになり、イェルサレムの神殿に奉仕する祭司たちによる教団が形成された。

ユダヤ教の変質

 紀元前後のユダヤ教は、次の三つの党派に分かれて争うようになっていた。
1)パリサイ派 神の恵みに答えて日常生活で律法(トーラー)を遵守することを強調する。
2)サドカイ派 従来のイェルサレム神殿を中心とした儀礼の遵守を主張する保守派。
3)エッセネ派 神殿儀礼の形式化を厳しく非難、律法の遵守も日常生活だけでなく、一種の共同体を形成して禁欲的に実践することを主張。(その一派の「クムラン教団」の修道院遺跡が死海のほとりで発掘され、「死海文書」という沢山の文献が発掘された。)<この項は佐藤研『聖書時代史 新約編』岩波現代文庫に負うところが多い。>

イエスの登場

 紀元前1世紀、ローマに征服された頃に始まるユダヤ教の変質とともに保守派と改革派の対立がはげしくなった。その中で出現したのがイエスの教えであった。それははじめは「ユダヤ教イエス派」として受け取られていたにすぎなかったが、やがてユダヤ教から決別して世界宗教であるキリスト教に成長していく。

その後のユダヤ教

 ユダヤ教はその後、パレスチナの地を離散したユダヤ人とともに、ローマ帝国領内に広がるが、あくまで民族宗教としての儀礼を捨てなかったので、キリスト教が公認され国教化されると、異教として排除されていくこととなる。
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ノートの参照
1章1節 オ.東地中海世界
書籍案内

佐藤研
『聖書時代史 新約編』
2003 岩波現代文庫