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グラックス兄弟の改革

前2世紀の後半、ローマの共和制の維持に努めた兄弟による改革。

ラティフンディア(大土地所有制)の進行をとどめて中小農民の没落を防ぎ、ローマ共和政の維持をはかろうとした護民官グラックス兄弟による土地改革。保守派の元老院の反対でグラックス兄弟は殺されたり、自殺に追いやられ、結局実現されずローマ共和政の崩壊は一気に進み、内乱の1世紀を経て帝政に移行する。
グラックス兄弟は名門スキピオ家につながる貴族の出であるが、改革派であった。兄のティベリウス=グラックスは前133年、護民官に選ばれ、次のような土地制度の改革案を提示した。
1)公有地125ヘクタール以上の占有を禁止する。ただし子供二人以上の場合は250ヘクタールとする。
(これは前367年のリキニウス=セクスティウス法を復活させたもの)
2)制限以上の土地を占有している場合は、返還させる(没収する)。
3)土地配分委員を設け、返還された土地は貧しい市民に抽選で配分する。その地は転売は禁止で課税を受ける。
民会はその提案を可決したが、元老院を中心とした保守派が激しく反発し、もう一人の護民官に反対させる。グラックスは民会にその護民官の解任を提案、それも可決される。反対派は実力を行使しグラックスを撲殺してしまう。
ついで前123年に護民官に選ばれた弟ガイウス=グラックスも改革を進めようとしたが、元老院派に襲われて自殺に追い込まれ、グラックス兄弟による改革は頓挫した。

Episode 棍棒で殴り殺された兄、自殺した弟

 元老院の妨害が続き、グラックスは翌132年年、護民官に再立候補を決意した。護民官の再任は国法に反するので、選挙に敗れれば裁判で死刑になることを覚悟し、喪服で議場にはいる。投票の最中に反対派の元老院議員の一団が棍棒をもって議場に現れ、グラックスの護衛たちは元老院議員の威信を恐れて道をあけて護衛の役を放棄、グラックスは脳天に棍棒の一撃を受けて倒れ、死体はテーヴェレ川に投ぜられた。弟のガイウス=グラックスは前123年に護民官に選出される。兄の定めた土地法の実施に努め、徐々に改革の実績を上げたが、保守派の元老院と、彼を支持する民会の対立はますます激しくなった。彼は護民官再々任選挙で敗れ引退する。グラックス兄弟の改革を実施しない元老院に対し怒った民会のグラックス派が元老院の最右派を斬殺、両派の対立はついに武装党争となり、グラックスは調停に努めたが失敗、元老院派に追われる中、自殺した(前121)。グラックス派支持者250名が死刑、3000名が逮捕され、グラックス派は壊滅した。しかしその土地改革はしばらくの間は継続され、効果も上げた。<以上、モンタネッリ『ローマの歴史』中公文庫 p.159~ などによる>
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ノートの参照
第1章3節 ウ.内乱の一世紀
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モンタネッリ
『ローマの歴史』
中公文庫